「最近の原宿事情」  杉山康成  (随筆通信 月15より)
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最近の原宿事情
杉山康成

 独白の空気の肌触りに魅せられ原宿に通うようになって、もう何年になるだろうか。カメラを片手に駅前に降り立ち、いつものように妙な安らぎを覚えると、たちまち海辺の亀のように雑踏の波にさらわれ、心地よい緊張感に包まれながらこの街をさまよい始める。

 かつて原宿はといえば、遊歩道には力ーニバルのように多くのパフォーマーが繰り出し、並木の木陰で画家の卵が似顔絵を描く光景はパリのモンマルトルを思い起こさせた。そして、その横で地面に座り込んで自作のアクセサリーを並べて売る若者の周りには、必ずと言っていいほど能天気な連中が暇そうにたむろしているものだった。実は彼らの多くはモデルやミュージシャン、デザイナーなど、それぞれの分野で世に出ることを夢見るアーティスト達で、原宿は分野を越えた出会いの場にもなっていたのだ。演ずるものと観る者が熱気を帯びて潭然一体となる巨大な街、それが原宿だった。

 この街に足を運ぶおしゃれな女性達もまた、自らの個性を街に向かって発信する一人だ。頬に開けたピアスひとつも、彼女らなりの表現なのだ。趣向を凝らしたファッションには、彼女達の熱いアピールが静かに込められ、さりげなさの中に感性がこぼれ出している。「写真を撮らせて」と声をかけるのは、そうした彼女達の発する電波が僕の心に共鳴したときだ。ぐっと迫ってピントを合わせ、大仰に肘を張って縦位置にカメラを構えると、彼女達は一瞬なんとも言えない戸惑いの表情をみせる。しかし、行きますよ!とかまわずシャッターを切る頃には、撮らせてやるか、という優しささえ浮かべ、すでに一人のモデルとして可憐に白分を主張している。

 しかし数年前、表参道から遊歩道が消えた頃から、こうしたどきどきする出会いの場は次第に失われていった。原宿交差点のGAPの前は、以前にも増してファッション雑誌のカメラマンに声をかけられるのを心待ちにする男女でにぎわっている。しかしこうした連中は、目立ちこそすれ、かつての原宿ではけっして主役ではなかった。骨のある連中は、商業主義に安っぽく使われるのはノーサンキューなのだ。かつて歩道を彩った露店も締め出され、最近は代わりに高級海外ブランド店ばかりが続々と進出してきた。原宿はもはや、個人が思い思いに個性を発揮できる街ではなくなりつつある。いつしか、この街に足を運ぶ者の意識も、以前とは変わってきているのだ。かつての個性の街は、商業主義に飲み込まれ、巨大資本の金儲けに利用されるつまらない街に成り下がろうとしている。

 咋年の秋、永年に渡って原宿のシンボルだった同潤会アパートがとうとう取り壊された。跡地には日本が世界に誇る建築家、安藤忠雄氏のプロデュースになる新たな施設ができるそうである。果たして彼は、かつて原宿で渦巻いていた個性の輝きを再びこの街に呼び戻すことができるのだろうか。それとも、すでにそれは古き良き時代となってしまったのだろうか。

(東京都 会社社長)

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随筆通信 月 2004年3月号/通巻15号


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