「転居」  池部淳子  (随筆通信 月16より)
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転居
池部淳子

 青春の頃は、運命は自分が切り開くものと思っています。何でも経験しよう。力試しをしよう。冒険と挑戦が、未来をを切り開く、運命は手中にあると思うのです。勇気が後押しをします。

 しかし、運命は、少しずつ織り込まれる織物の模様のように、一滴ずつ壷に溜まる水のように、白分の見えないところからひたひたと近づくという一面を持っています。そして、ある日突然、運命は正体を現します。つまり事件です。

 今回の転居は運命的でした。

 小石川に14年住みました。母の介護の5年を挟んで前7年、後7年です。住居は同じでした。

 住居は小石川4丁目では知られた空調設備会社I社の社宅でした。二階建てで10世帯が住めました。かなり古いのですが、管理が良く、清潔で、古さの汚なさはありませんでした。I社では家を建てる杜員が多くなって、杜宅が空いてきたので賃貸を始めたそうです。私は賃貸組でした。

 夫婦に子供一人ぐらいの家庭を想定して作られたのか、生活しやすいように細かいところまで気配りのされた社宅でした。ここの何よりもの特徴は、建物の周囲に余裕の空間があり、一方は庭で、四方を樹木が囲んでいることでした。

 窓から庭の樹木が見えました。私の窓の前には、柿の木と金木犀でした。そして目に入るものに梅、石榴、つつじをはじめ折々、山吹、小手毬、紫陽花などの花々、時期になると、勇定もされました。そのうえ、道路を挟んだ学芸大附属校の校庭の大樫の1本が私の窓に近いのです。東京でこれほどの樹木を眺めながら暮らせるのはまれな幸運です。

 私はここから移ろうなどとは考えていませんでした。まして社宅ですから、何よりも安定していると考えていました。

 しかし、運命は紡がれていました。

 I杜から倒産しましたとの文書が届いて驚いていると、続いて「実は当杜がここを買い取りましたので、来月中に立ち退いでいただきたい」とF社の社員が現れました。

 突然、運命が立ち現れたのです。

 私は小石川を去ることになりました。

 2月下旬同じ文京区の白山5丁目に転居して、新たな人生になった思いです。仕事場が少し広くなりました。一軒を挟んで小さな公園がありますが、そこには枝を無惨に落とされた丸裸の木が5本あるだけです。

 4月に入って社宅のあった側を通りました。樹木は一本もありません。一切は取り払われてサラ地になっていました。行きつけの文具屋さんに寄ると、いつもの女主人が「広い土地だったのね。木は一本もなくなって……。あんなに木のある家なんか、もうないわね」と。

 自らが意図しなかった運命によって、消えた家。私の14年分の過去も消えた錯覚を覚乏ます。残っているのは未来だけ。青春時代とは質の違う未来が……。

(『月』発行人)

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随筆通信 月 2004年4月号/通巻16号


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