「時の感覚」  池部淳子  (随筆通信 月18より)
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こいしかわだより
時の感覚
池部淳子

 購読している新聞に、毎月月末必ず次の月のカレンダーが入ってきます。

 日々の用事が書き込める余白も上手に作られています。ああ、明日からは○月だな、と思いながらながめます。壁にカレンダーは掛かっているのですが、新聞と共に配られてくるこのカレンダーは月々の区切りを改めて認識させる通告のような働きをしています。

 五月末日には六月のカレンダーが入ってきました。実は六月のカレンダーは五月までのカレンダーとは違った感じがしました。カレンダーを見た時のショックが「えっ、六月」と先月までより強烈だったのです。今年ももう半年経ってしまうのかと、時の速さを痛感したからです。

 人生における時の感覚は年齢によって違ってきます。
  晩年へ時の急流菜殻燃ゆ  野見山朱鳥
と俳人が詠みました。

 若い時代には時は急流ではありません。時はゆっくりと流れ、何事かをするにも時間は十分あり、未来は限りなく、人生は洋々としています。

 ところが、四十代、五十代、六十代と過ぎてゆくうちに次第に時の流れはスピードを増し、まさに「時の急流」になってゆきます。二十代でも六十代でも実際の時の流れは同じはずなのに……。

 私は以前ある経験をしました。白動車に乗せてもらって常磐高速道を初めて通った時、「日立付近はトンネルが多い」と聞いていましたが、その通りで、長短のトンネルが次々とあり、薄明りの長いトンネルでは出口がとても遠く、今か今かと待つあいだの時間は止まったように長かったのです。運転していた友人が気遣って「トンネルの入口に長さが出ていますよ」と言ってくれました。注意して見ると、たしかに入口に「○○トンネル○○○○メートル」と表示があります。それを見て、それぞれ3キロ、5キロと判ったとたん、トンネルの出口も予想でき、所要時間も推測できて、長さや時間の特別な感覚がなくなり、易々と通過できるようになったのです。

「情報があるか」「予測ができるか」「すでに経験があるか」、これがあるかないかで現実に対する感覚がとても違うということを知らされた出来事でした。

 時が次第に速まるということを考える時、私はこの経験を思い出します。人は経験によって10年の時の長さを知り、やがて20年も予測ができるようになると、感覚的に時は抵抗を失い、易々とすぎてしまうのではないでしょうか。

 ますます急流になっていく時をどう使えばよいのか、最近の私のテーマです。

(『月』発行人)

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随筆通信 月 2004年6月号/通巻18号


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