みだらし団子・荏胡麻
蒲 幾美
急用で慌しい二泊の帰郷をした。飛騨行を希望していた友人達も同行。静かな田舎町の町角で、こんがり焼けている醤油の香に誘われて一本五十円の立喰いの団子を求めた。
ああ、これがほんとうのみだらし団千だ。米の味、醤油のこげ具合、思わず「おいしい」とみんなの声になった。「ありがとうございます。そう言って下さると、とても嬉しいんです」中年の女性がにこにこしながらお礼を言う。私の知っている団子屋の三代目位か。掘割の急流を泳ぐ鯉の群れを眺めながら、ふる里の人情にふれた思いで嬉しくなった。
帰りに新宿行の特急バスが発車する観光都市駅のバス停前の屋台店で、団子二包みとご幣餅を買った。「あぶらえ(荏胡麻)のご幣餅は街ではここしかありませんよ」と言う。ご幣餅は一つずつビニールにくるんでと頼むと「いま食べるんでしょ!」と不機嫌に四つ重ねて差し出されてあと声が出なかった。「そういう時はね。手をもみもみしながら〈ほんとうに申しけないけど一人ずつにくるんで下さいね〉とにこにこしながら言わなきゃあ」と友人の一人が言った。買い手にもひと言、ことばの不足があったのだろう…。
たかが団子なのに、売り手の心が違うとこうも味が違うものなのか。みだらし団子はつけ醤油が乾いていないし、ご幣餅のたれのあぶらえは焼けこげもなく、ほんものの味が出ていない。友人たちに旨い荏胡麻の味を知ってもらいたかったのに……。
あぶらえ(荏胡麻)はシソ科の一年草。中国産の油科作物(高さ一メートル、茎は四角、葉は浅緑色、葉は一種の臭気がある)。花は白、果実は小さく、妙って胡麻の代用にする。
“婿になりたや山中の婿に独活の白味を荏で和えて”
飛騨地方に伝わる民謡で、新鮮な山独活の白味と荏胡麻で和える旨さは昔も今も変わらない。
◇
郷里に居た頃、山間いの谷川から温泉が出ているから買わないかという話に乗って、事業仲間四、五人で探訪したことがある。山中を歩き山を登り下りしたが、期待していた槍、穂高連峰は望めなかった。山中をかなり歩き、男性達は空腹でバテたが、一番細い私は平気だった。その頃、過疎化した農村は小学校が統合し、廃校になった校舎を譲り受けて温泉の福祉施設を作ろうと計画したのだった。
話を持ち込み、現地を案内してくれた地元の駐在さんは、表層雪崩のあとに自生するという山独活を急斜面から十数本掘り出して草の蔓でからげ、私のリュックに「山のおみやげ」と入れてくれた。
このとき駐在さんは「ホテルができたら僕を支配人にして下さい」と一言った。
あぶらえの味から山独活を、そして遠い日を想い出した。
歳月がたち、このあたりは新しい温泉地が誕生して、新平湯温泉郷と呼ばれるようになった。
(川崎市 郷土史研究家)
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