免疫系と「自己」  杉山康成  (随筆通信 月18より)
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免疫系と「自己」
杉山康成

 われわれは自分の体を自分のものであると考えているが、自分の体のなかで何が行われているかほとんど知らないし関心もない。例えば胃袋に送り込まれた食べ物を消化するために、どのように胃を動かして、どの細胞に消化酵素を分泌させるか指示を出す人などいないだろう。一度飲み込んだものは、とにかく胃や腸でうまく消化吸収されることになっている。全く「あなた任せ」なのである。

 体内に侵入する外敵を24時間監視し、傷や病気を治してくれる免疫系は、壮大な宇宙にも匹敵する複雑かつ巧妙なシステムだが、われわれがその働きを意識することはほとんどない。最近、免疫系は単に外敵の侵入を食い止めるための仕組みではなく、「自己」を「非自己」から区別し、自分というものを規定するシステムとして捉えられている。

 なぜなら外敵を認識する大前提として、まず「自己」を正確に認識しなければならないからである。その上で免疫系は、何億という外敵を区別し、それを中和するための抗体を次々と作り出す。しかしながら、自己を死の危機にも陥れかねないこれらの外敵に対しても、われわれは認識することもなければ、攻撃するように指示を出すこともない。自分の体を自分のものとして守っているのは、免疫系というシステムなのである。

 われわれに宿る「意識」の働きは、言うまでもなく脳がつかさどっている。われわれは脳が主役だと思っているが、脳が作りだす「意識」は、何らわれわれの体を守る能力がないばかりか、脳自身も免疫系の外に置かれれば、たちまち外敵の餌食になってしまう。

 黙々と「自己」を守るこうした免疫システムにもいつか崩壊の日が訪れる。老化がその働きを阻害し始めるのだ。免疫系の老化は、「自己」の認識エラーとして現れる。自分と外敵を的確に区別できなくなり、時に自分自身を攻撃し始める。免疫系の崩壊、それは「自己」の崩壊なのである。「意識」も老化の影響を避けられない。記憶や判断力といった脳の働きも、老化によって蝕まれていくからである。老化によって次第に「自己」を侵された肉体は、あるとき死によって一気に崩壊に向かう。「意識」は、その際もなす術がない。

 客観的に見れば、老化を恐れる必要は全くない。われわれは子孫を残すことにより老化をリセットできるからである。免疫系は再び新たな「自己」を規定し、「意識」もまたゼロから人生を踏み出す。こうして「種」として生命をつないでいく「自己」にとって、われわれの「意識」が感じる死への恐怖など、まったく大したことではないのである。

(東京都 会社社長)

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随筆通信 月 2004年6月号/通巻18号


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