「一枚のベスト」  池部淳子  (随筆通信 月19より)
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こいしかわだより
一枚のベスト
池部淳子

 望んでいたものをついに手にすることができたという安堵の気持ちを味わえた出来事が最近ありました。

 それは客観的には瑣末なことです。今思えばどうしてそんなに歳月を要したのか、自分のふがいなさ加減が見えるというものです。

 それは一枚のベストに始まるものでした。10年くらい前でした、故郷いわき市の植田町駅前のビルの二階にあったブティックで妹と二人で買物をした時、妹が一枚のベストを買いました。紺地に青の濃淡の草花模様があり、裾の方がわずかに広がっているデザインでした。極めて薄地で、透明感のある軽いベストでした。値段は「どうしてこんなに高いの?」とちょっと驚きでしたが……。

 やがて二、三年経った頃、何かのきっかけで、「お姉さんこれを着てみたら」ということになって、そのベストを私が着ることになったのです。

 なんとこのベストは極めて着心地が良く、すこぶる重宝でした。それ以来、私はこのベストの虜になりました。というよりベスト愛好者になったのです。胴体の保温と両腕の自由さが仕事上でもバランスがよかったのです。

 私はこの最初のベストに匹敵するものに巡り会いたいと、その後たくさんのベストを買いました。生地違い、柄違い、色違いと様々買いました。でも結局、最初のこのベストの着心地に勝るものには出会えませんでした。

 ところが去年偶然にも、「お世話してあげますからベストを仕立てては」と言ってくれた知人がいて、例のベストを見本に預けて仕立ててもらうことにしました。でも、出来上がったベストの着心地は見本とわずかに違っていました。

 そこで今度は型紙を作り、それに見本のベストを添えて、仕立てを頼みました。知人は新たな仕立て屋さんにそれを頼んでくれました。七月に入ってベストはできあがりました。それはやっとゴールにたどり着いたという思いのする、満足した仕上がりでした。

 最初に気に入ったベストと同じ物ができる道筋にたどりつくまで8年かかったと一言えます。我ながら悠長な話です。でも、望み通りのものというのは簡単に手に入るのでしょうか。別な早道もあったのかしらと考えながら、一枚のベストの10年を振り返っています。

(『月』発行人)

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随筆通信 月 2004年7月号/通巻19号


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