「漱石のことば」  池部淳子  (随筆通信 月21より)
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こいしかわだより
漱石のことば
池部淳子

 朝晩には秋の気配が感じられるようになって、東京もやはり「暑さ寒さも彼岸まで」なのかしらと思ったりします。

 夏の猛暑の日々にはとても外出する気になれず、クーラーの効いた室内に籠るようにしてすごしましたが、涼しくなるに従って、自然に外出しようという気分になりますから不思議なものです。

 仕事以外でも、シヨツピングにでかけたり、展覧会にでかけたり、友人と旅行にでかけたり、我慢をしていた分だけ行動的になるのでしょうか。でかけていくと、大体は大勢のひとで賑わっています。

 東京という大都会は、どこもいつも人込みです。上野駅、東京駅、渋谷駅、新宿駅、池袋駅周辺など、四方八方から人の川とでもいいましょうか、流れに付いて行くのが疲れるという話も聞かれます。最近は乗車券の販売も改札も自動化されていて、客は機械の指示に従って対応しなければならないので、お年寄が販売機の前で躊躇しているのを度々見かけます。やがて自分もそうなるのだろうと身につまされる思いがします。

 このような都会で大勢の人々と擦れ違い、あるときは何らかの関わりができたりもします。その関わりが人生を左右することもあります。それが幸運なこともあります。しかし、それが不運なこともあります。都会では賢さが必要です。

 大都会といっても、やがてそれぞれの人生に従って交際の範囲が定まってきます。人それぞれの仕事、家族、生活、趣味などの違いによって、関わる人々は絞られてきます。広い東京でも関係としては狭まってくるといえます。しかし、それは関係が深まってくることでもあります。

 私は今、思い出す言葉があります。それはよく知られているもので、夏目漱石の小説『草枕』の冒頭「山路を登りながら、こう考えた」に続く一文です。

 「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ」

 漱石が『草枕』を書いたのは39歳でした。私は若い頃読んで「うまいことを書くな」と一瞬思いました。それから何十年たった今になって、改めてしみじみとこの一文を思い出し、漱石の凄さに驚きます。

 シンプルに、まるで格言のようにそぎおとされ、洗練された一文は、現実が言葉になったのか、この言葉が現実を想起させるのか、迷うほど現実と言葉が一体です。漱石は39歳で人間と現実をすでに見通していたという印象です。

 そしてこの一文の内容といえば、色々経験して、大切なものが多くなり、長いつきあいで人との関係が深まったいま、人との関わりの中での自分自身について“正にその通り”というものです。

 つい自分は判っているということを示したくなります。おもわず優しい気持ちになってしまうこともあります。立派なところも見せたいとも思います。人は煩悩が多いのです。だから漱石も「兎角に人の世は住みにくい」と結んでいます。

 では、よりよく生きるにはどうすればよいのでしょうか。漱石が考えたように私も考えます。

 でも、もしかしたら「智に働けば角が立つ。……」の一文は漱石が差し出した逆説のヒントかもしれません。

 角が立たず、情に流されて失敗することのない、つっぱって窮屈な思いもしない生き方があるにちがいないという、漱石のさりげないメッセージではないでしょうか。

(『月』発行人)

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随筆通信 月 2004年9月号/通巻21号


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