「中国語に感じる中国らしさ」  杉山康成  (随筆通信 月23より)
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中国語に感じる中国らしさ
杉山康成

 中国上海と聞いてまず、林立する高層ビル群を思い起こす人が日本でも増えてきている。中国は今や世界中の企業や資本家が虎視眈々とチャンスを伺うビジネスの最前線だ。そうした中で、いつしか中国に飛び込み、中国がホームグラウンドになってしまっている人も少なくないだろう。かつては外から距離を置いて見ていた中国は、気が付けば同じ船に乗り、力をあわせて世界的な激動の荒波を乗り越えていく同胞ともなっているのである。

 私自身も仕事柄、中国に行く機会は少なくない。当然、商談は中国語、といきたい所だが、今のところからっきし駄目である。幸い優秀な通訳に恵まれているため不便はないが、時には直接中国語で意思を伝えたいこともある。というわけで最近中国語の勉強を始めたのだが、これがなかなか面白く、今ではすっかりはまってしまっている。

 しばしば、中国語の文法は英語に近く、日本語からは遠い言語のようにいわれることがあるが、やってみるとそうでもない。確かに動詞の後ろに目的語を持ってくるところは英語と同じで、単純な文型においては英単語の代わりに漠字を当てはめればそのまま中国語になってしまうが、文が複雑になってくると様子が変わってくる。英語では基本文型は5種類だけで、あとは頑なにその単純な文型を組み合わることで複雑な文を構成していく。一方、中国語においては、英語ほど明確に文型を意識しないし、修飾の仕方も臨機応変である。従って、英語のようなつもりで文法ですべて割り切ろうとするとあっさり裏切られ、何でそんな言い方をするのかと困惑することになる。しかし、そういうときに限り、よくよく見れば、その言い方どこかの言葉にそっくりではないか。そうだ、我らが日本語である。名詞の修飾はかなり長いものでも前からで、修飾する語順も似ている。関係代名詞は使わない。また、英語では必ず文頭に来る疑問詞の位置も日本語と同じである。日本語独特と思っていたいい加減(?)な言い方が、なんと中国語にも存在する。それを知って以来、妙に中国が近く感じられるようになったのである。

 英語の規則性は、恐らく、習慣や価値観の異なる人同士でも暖昧さなく意味が伝わる必要性から発達したものだろう。それに比べ日本語は、もっと距離の近い、気心の知れた相手に意思を伝えるようにできているように思われる。恐らく同様なことは中国語においても言えるのではないか。そして、この中国と日本の共通性こそが、最近、中国の人たちに対して覚える独特の近しさを裏付けているように思えるのである。

(東京都 会社社長・理学博士)

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随筆通信 月 2004年11月号/通巻23号


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