「本棚の本」  杉山康成  (随筆通信 月24より)
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本棚の本
杉山康成

 最近、8年ぶりに引っ越した。引越しといっても、マンションの2階から真上の3階に移っただけなのだが、家のすべての荷物を移動してみると、永い間、ひっそりと息を潜めていた記憶の箱が解かれ、忘れていた時間が蘇ってきた。

 僕の部屋はやたらと荷物が多い。もともと多趣味なたちだが、多すぎる荷物はかえって自分の趣味を壊す結果となっており、今回の引越しを機に、何とか自分の感性にあった部屋に創り変えようと意気込んでいた。そのため、当面使わないものはひとまず捨てるという方針を立てて実行していった。8年前の引っ越し以来、大量の本が箱に入ったまま閉架式になっていたが、これにも原則を適用すると、本棚に並べられないものは捨てなければならない。しかし、こだわりのある本はなかなか捨てられない。必要な本がいつでもすぐに取り出せるよう整理するつもりが、結局、本棚に2列、3列と押し込められる形となってしまい、当初の感性にあった部屋には程遠い状況だ。しかし、そうして雑然と並べられた本を眺めたとき、思わず何ともいえぬ感慨と充実に捉えられていたのだ。

 そうした書籍は、偶然読まれたものでも、他人に薦められたものでもなく、すべて自分で選んだものだ。改めて見ると、その選択には紛れもない僕自身の個性が表れている。分野は小説や歴史、評論などの文芸書から写真集や物理の本など多岐にわたっている。難しい本が多く、どの本にも苦闘した跡がある。何度も繰り返し読んだ物も少なくない。逆に、気楽に娯楽で読むような本はほとんどない。それだけに、一冊一冊に重みがある。

 20代、30代と自分は何を考え、何を目指して生きてきたのか。当時は将来をどう思っていたのか。そこに並べられたそれぞれの本は、自分がどうやって生きて行こうか迷った足跡のようだ。何かを見つけるためというより、とにかく自分の幅を広げ土台をつくるために、直感のおもむくままに読んでいた。その後、時は予想以上に速く過ぎ去り、いろいろ寄り道もしたが、今、改めてそれらを眺めてみると、いずれの本も自分の血となり肉となり、今の自分はその土台の上に立って歩いているとはっきり感じるのである。

 引っ越したり、家を建て替えたり、幾度もの移動の度に捨ててきたが、羽二重のような母のよそ行着の、厚手の藍紺の地色に蒲色の細い縞の単衣だけは手許に残しており、考えた末、夫の半てんに作り変えることにした。

 今度本棚に並んだ本のほとんどは、すでに何度か読まれたものだ。並べておいても、今後もう読むことはないかもしれない。しかし、たとえそうであったとしても、棚に並ぶ本はかつての自分の理想を語り、今の自分を再び揺さぶる。本棚の本が真価を発揮するのは、まさに読み終えた時からなのである。

(東京都 会社社長・理学博士)

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随筆通信 月 2004年12月号/通巻24号


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