「遠大な計画」  池部淳子  (随筆通信 月27より)
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こいしかわだより
遠大な計画
池部淳子

 去る三月六日の深夜、何気なくスイッチを入れたテレビのNHKで、バスの路線に沿って桜を植え続けた車掌の話『桜紀行』を見ました。私はこの物語にとても感動しました。昭和59年に放映された物語の再放送でしたが、初めは聞き流していて、年代や距離などの数字をメモしませんでした。そのため、ここに数字を挙げて詳しく紹介できないのが残念です。

 この話は当時名古屋と金沢を結んでいた国鉄バス「名金線めいきんせん」の車掌をしていた佐藤良二さんが一犬決心をして、名金線のバス路線を太平洋と日本海を結ぶ桜の道にしようと、路線に沿って25年間、二〇〇〇本の桜を植え続けたことを紹介したものでした。

 佐藤さんが植えた飛騨川沿いの桜、里の桜、峠の桜、バス停の桜と、まるで桜を伝うように延々とバスが走ります。美しい桜の道にバスまでが美しく見えました。

 バスに乗る人々のために、路線を桜の咲く美しい道にしようと生涯を賭けた佐藤さん。このような気高い精神の人も世の中にはいるのか、人間にもすばらしい人がいるものだと、感動し、心が慰められました。今も名金線を走るバスと桜道の画面が目に浮かびます。

 ところで私の故郷、いわき市勿来にも桜の名所があります。源氏の武将源義家が「吹く風をなこその関と思へども道もせに散る山桜かな」と詠んだ奥羽三関の一つ、勿来の関です。関跡は海を望む山頂にあり、そこにはいくらかまとまった桜の木があります。

 私が東京に住んで知ったのは、勿来の関という名称は私が思っていたよりずっと多くの人々に知られていて、興味をもたれているということでした。

 私は思いました。勿来の関の名に惹かれてあの関跡に行った人たちに知名度に匹敵する感動を与えられるだろうか。あの風景に満ち足りて帰るだろうか。

 私は考えます。勿来の関は義家が詠んだ歌の通りだと、知名度に匹敵する感動を与えたい。思い切って勿来駅か、あるいは関山の入口から、山項の関跡まで(4キロ位でしょうか)道の両側に桜を植えて、桜道を歩いていくと関跡に着くということにはならないかしら。やがては桜のトンネルを歩いて関跡へ行くということにならないかしら。

 故郷を離れて知った故郷の価値でした。そこから生まれた私の願望です。太平洋と日本海を結ぶ桜道を実現しようとした佐藤良二さんのような人物が居たと知りました。人々のために、未来のために、子孫のために、遠大な計画を実行するような高邁な精神の人はいないでしょうか。そんな人が現れたとき、勿来の関も全山桜となって、知名度に匹敵する名所となり、訪れる人々を感動させることができるでしょう。

(『月』発行人)

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随筆通信 月 2005年3月号/通巻27号


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