「花のころ」  蒲 幾美  (随筆通信 月28より)
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花のころ
蒲 幾美

 雪国飛騨の春祭りは四月中旬、その頃が花時なのだが、その年によって桜に雪が積っていたり、祭り過ぎが花盛りだったり。近年の地球温暖化で昔より早く咲くようになった。長い冬が終り、四月の春祭りはひだびとの一年の暮らしの節目になり、一年の行事と農作業が始まるのである。

 町の辻々に祭りの幟旗が立ち、屋台の飾り付けや神事の準備と平行して各家では神迎えの簾や提灯竿、献鐙けんとうの提灯などや祥の衣類一式も揃える。女性たちは祭りの料理作りに明け暮れ、祭りの前夜は殆ど徹夜になった。

 試楽しがく祭・本楽ほんがく祭と二日間の御輿巡幸や屋台行列、三日目は神は山の社へ還御される。御輿や屋台行列、見物の人達の中に知人がいると自宅へ呼び込んで酒肴を振舞う「呼び引き」のしきたりが近年まで続いていた。呼ばれた者は裃姿のまま座敷へ上がり神の警護中なので節度をわきまえて盃一、二杯と吸物だけで引き上げる。

 行列が通り過ぎると招待客や親類縁者で酒席は賑やかになる。女性らは台所と座敷を往来ゆききしながら接待に追われ、町の賑わいも夜祭りの遠太鼓の音を聞くだけで、外に出て地元の夜祭りを見たことがないと言う主婦たちもいた。

 二日間の祭りのあとは女性たちの慰安の「やまいき」という花見の宴がある。祭りの残りの御馳走ごっつおうを重箱に詰めて一家総出で山の生土神の桜の丘で慰労会あとふきなのだが、私は疲れて出かける気力もなく、ああ、いま花時なのか、陽の当る気多の山は満開かな、などと思っていた。

 歳月が経ち、戦後或る事業を始め、仕事の上での接待で、女性十数人の花見の宴。その中の所長夫人が配下の妻君達に「春の歌を合唱しましょう」と言う。職場の延長のような階級差のある花の宴は盛り上がらず、折しも風が出て満開の桜の見事な花吹雪となった。うつろな歌声と弾まない心ですさまじいばかりの飛花落花を眺めた遠き日。

 近年家人と近くの墓地公園の花を見に行った折、墓石が囲む苑の桜の下で、現世の短い花時を所狭しと敷きつめた花むしろで呑み唄い踊り、遊興に心を奪われているしあわせな人たち。墓所の上では烏の群れがしきりに嶋き続けていた。

 俳旬仲間との吉野の旅は、奥千本のひっそりとした桜の山道を枯枝を杖代りに登りながらようやく空が展けた西行庵に辿り着いた。

 三メートル四方ほどの簡素な庵の細縁に寄りかかりながさまざまなことが浮んだ。

 静かで美しいひととき。同行の友たちも言葉を交さず、それぞれの思いにふけっていた。谷のどこからか桜の花びらが風に乗って吹き上げ、私らの髪や衣に付く。心の洗われるような刻の流れ・・・・・・。生涯に忘れ得ぬ私のこころの花の宴になっている。

(川崎市 郷土史研究家)

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随筆通信 月 2005年4月号/通巻28号


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