「打ち水」  蒲 幾美  (随筆通信 月32より)
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打ち水
蒲 幾美

 「女性専用車両」が話題になっている。女性の地位は向上し実力があれば政治・経済・その他すべてに活躍できる時代なのに通勤ラッシュの時間帯だけ女性専用という何ともつじつまの合わない話。

 大正生れの私は、小学校からずっと男女共学。男子より強い女の子もいれば、か弱い男子もいた。昔の親たちは男女共同生活で人には迷惑をかけぬ、自分を守る暮らしのルールを体で覚えさせていた。着物の着方一つにしても、胸元が見えたり抜襟ぬきえりなどは玄人くろうとの真似などと。そうした躾が身に沁みていた。まだ女性が洋服など着なかった頃、私が初めて官庁の就職が決まると祖母は「男の中で勤めるのだからキチンとした服装で」と、隣町の紳士服の店へ連れてゆき、婦人用のスーツを作らせた。着物に袴で出勤と思い込んでいたが厳しい祖母の命令に逆らえなかった。

 近年の若い女の子の服装は、肌の露出、すけすけのうすい生地。夏冬を間わずスタジオではスーツ姿の男性と女性は上半身殆ど裸に近いファッションで平然と並んでいる。外国風のマナーかと思うが、いつも気になっているので友人に、室内の温度は何度位かしらと聞くと「さあ考えたことは無い。スタジオはライトで暑いらしいわよ」と。己の古きを反省。

 街頭で半裸の女の子に「肌を出しすぎじゃないですか」との取材陣の問いに「男性にサービスしてんのよ!ハッハッハ」と返ってきた。

 こうした露出狂の若者たちは満員電車で痴漢を呼んでいるようなもの、真面目な通勤男女までがその被害を被っている。おしゃれのためなら夏、毛皮をつけようと、冬、半裸でいようと男性の目をひくのに命がけ。こうした風俗に馴らされて、これも時代かと大衆は違和感も薄らいでゆく。

 盛夏になると思い出すのは明治生まれの祖母は白木綿の腰巻と白の袖無し襦袢の上に男物の夏用の狭い博多の帯を締めて室内の避暑着にしていた。(のちのキモノスリープ、巻きスカートの原型)自上下を二、四組作っていて洗濯のあとは

 火熨斗ひのし(アイロン)をかけていた。外出には麻の夏着をキチンと着て番傘のような黒い日傘を手放さなかった。

 日盛りには道路をへだてた氏神の真ん前に住む一家の勤めとして「神様も暑かろうで」と家族の手の空いている者が道沿いの流水から長柄杓で水を撤くのが日課だった。境内に添う土の道がしっとりするまで撒水すると、貴船の神の涼しい風が家の中を流れる。  

 近年田舎も道路の舗装やコンビニの進出で暮らしや流行も統一化された。日本古来の着物は直線裁ちだから解いて繋げぱ一反の布地になり、和洋を間わずリホームできる。夏は涼しい麻や冬は暖かい繭が生んだ絹の感触は身も心も癒やしてくれる。大正ロマンの絹の感触を今の若い人たちに知らせたいと思う。

(川崎市 郷土史研究家)

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随筆通信 月 2005年8月号/通巻32号


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