「戦後60年」  杉山康成  (随筆通信 月33より)
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戦後60年
杉山康成

 この夏は、戦後60年ということで、テレビでもさまざまな番組が放映された。そうした中で、日ごろは日常に隠されてしまっている戦争の影が、実は60年にわたって絶えることなく日本人の心の底に棲みつづけてきたことを改めて認識させられることになった。

 私の父は15歳のとき、予科練で終戦を迎えた。おそらく軍隊にかかわった人のなかではもっとも若い世代だろう。それだけに純粋で、軍国主義から受けた影響も大きく、50歳で死ぬまで永く一生尾を引いた。戦後の動乱の中で、学校も満足に卒業できなかった父にとって、予科練での8ヵ月間は、お国のために命を捨てる覚悟で臨んだ、精神的にも肉体的にも、人生でもっともひたむきに生きた時間であった。戦地に赴くことなく終戦を迎えたことは幸運としか言いようがないが、張り詰めた若い精神の糸は終戦によりプッツリと切れ、その後の人生において決して修復しきれない傷跡を残したのである。

 「靖国」の問題も、今年は多く取り上げられたが、有識者の方々の論議を聞くうちに、置き去りにされてきた日本人の心の戦後処理の問題が浮かび上がってくるように感じた。東京裁判を受け入れ、サンフランシスコ講和条約で国際舞台に復帰した日本は、A級戦犯が引き起こした犯罪として戦争を清算し、復興に向けて歩み出した。しかし一方では、家族を失った悲しみ、死んだ戦友に対する生き残ったものの思い、戦争に負けた悔しさといった様々な思いは、簡単に消え去るものではない。そうした思いを、「靖国」という戦前の思想により吸収しようとしたところに、靖国問題の核心があるように思えた。結果的に、日本人は戦争に対する真の反省の機会を失ってしまったのである。

 今回、番組に出演した有識者の中にも、「お国のため」に死んだことは尊いことであり、戦没者の名誉のために靖国神社へ合祀するのは当然という意見が根強いのに驚かされた。戦後60年も過ぎ、本来ならば、日本は何ゆえ戦争という手段を用いざるを得なくなったのか、日本を戦争に導いた根本的な過ちとは何であったのかというようなことを、すでに詳しく分析し、国民一人一人がしっかりとした考えを持っていても良いはずである。そうした問題を棚上げし、不戦の誓いばかりしていても、軍国主義の亡霊は永久に消えはしない。

 戦争で心に傷を負ったのは日本人ばかりではない。日本以上に戦争で心に傷を負った中国や韓国の人からの批判に対して、首相の靖国参拝を単純に理屈で正当化しようとしても無理である。彼らの感情を尊重することは、戦争の当事者である日本として当然のマナーであろう。しかし、彼らが本当に望んでいるのは、日本人がもう一度真正面から戦争と向き合い、自らの過ちに気がつくことではないだろうか。

 E-mail:ebiman@kb3.so-net.ne.jp HP:http://ebiman.fc2web.com/

(東京都 会社社長・理学博士)

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随筆通信 月 2005年 9月号/通巻33号


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