「探梅」  蒲 幾美  (随筆通信 月38より)
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探梅
蒲 幾美

 百花に先がけて咲く梅の気品と香りは、新春の身心の邪気を払う浄らかな存在であろう。

 梅見は歳時記では「春」になっているが、二月の梅見は「探梅」で冬の人事になっている。

 寒い季節、気の早い仲間と着ぶくれて熱燗を魔法瓶に、小田原の曽我梅林へ出かけた。満開にはまだ間があったが、農園を開放した梅園に人影はまばら。梅の枝を一束持った中年の女性に出会った。彼女は私の方を見ながら「おみやげに貰いまして」と言う。梅園の梅を折ったのではないという意思表示なのだ。私は言葉には出さなかったが、解っていますという心をこめて笑顔で答えた。

 静かな梅園も臨時の梅見茶屋は湯気を立て、人で賑わっていた。美しいものを賞でるのに日本人は体内でも季節の味わいを共にしたいのであろう。

 また家人と熱海の梅林へ出かけた時、起伏のある園の光琳の絵のような紅梅、白梅を賞で途中の茶處で休憩。そのあとも散策をつづけた。すると息せき切って駆けて来た茶處の娘さんが「忘れ物を」と言う。家人がいつもポケットに入れているフラスコ(携帯用のウイスキー入れ)だった。熱海の梅園を思う時、茶処の温かく親切な人々のぬくもりが甦る。

 季節は移り俳句仲間と旅の途中下車して梅林に寄った。広大な梅林は市の管理が整然と行き届き開放されている。歴史の古いたたずまいの館、昔ヘタイムスリップしてゆっくり歩いた。梅の木の多い園に桜の木の小さなサクランボを見つけた友人は「あら、梅園のサクランボ」と手をのばした。館の近くにも梅の古木に青梅が実っている。くっきりした青梅の柔らかい生気を帯びた肌に私も触れたくなって手を触れようとした途端「梅を取らないで下さい!!」と甲高い怒声が飛んだ。声の主は管理人室の中から私たちの行動を見据えていることは解っていた。冗談じゃない梅を採るなど微塵も思わず「梅なんか取りませんよっ!」と叫んだ。人を見れば泥棒と思え、子供には防犯ブザーを持たせる世相である。私は怒りと悲しみに血圧が上がった。江戸時代の「この紋所が見えぬかっ!!」と印籠を差し出し「ヘヘーッ」と悪代官や百姓たちが平伏ひれふすテレビドラマのファンは多い。結末が決まっている勧善懲悪劇だから安心して楽しめるのだろう。この印籠に女性の声が重なって、眠っていた天領生まれの血が騒いだ。少し冷静になって「李下に冠を正さず…」の中国の故事が浮かんだ。

 友人は「声の荒いのは土地なまりなのよ、いわば方言、職場に忠実なオバサンよ」となぐさめる。

 思いを変えることにして、健康で歩いて散策できる幸せを思い、記念に印籠を買った。

 白の房紐を頼んだが「いま、紫しかないので二百円まけときます」と、八百円の小さな「葵紋」の印籠が本棚のノブにぶら下がっている。

(川崎市 郷土史研究家)

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随筆通信 月 2006年2月号/通巻38号

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