「母の手術」  杉山康成  (随筆通信 月39より)
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母の手術
杉山康成

 先日、母が足の手術をした。永年患っていた股関節を人工関節に換えたのだ。

 30年ほど前、母は股関節に違和感を覚えた。しばらく放っておいたが、次第に痛みが増し、自動車のクラッチを踏むのが苦痛になってきた。病院へ行くと、変形性股関節症と診断された。

 股関節は、骨盤の臼蓋部に大腿骨の骨頭が嵌ってできている。通常、この臼蓋部と骨頭部のいずれの表面も数ミリの軟骨に覆われ、クッションの役割を果たしているのだが、変形性股関節症ではこの軟骨がすり減り、クッション性が弱まると同時に激しい痛みを伴うようになる。筋肉痛に似た違和感を覚える初期の段階では、筋力トレーニングなどで関節への負担を減らし、症状の進行を食い止められる場合もあるが、痛みが発生する頃になると、体の違う部分から切り取った骨を接ぎ、関節の形状を整える骨切り術が必要となる。さらに治療が遅れ、軟骨が磨滅し、関節の変形も大きくなってしまうと、金属製の人工関節に換える以外になくなる。

 母の病気がわかったとき、すでに骨切り術の話はあった。ただ、手術をすれば最低1年から1年半は療養生活が必要となる。父の店で働き、家計を支えていた母が、長期間店を抜けるのは痛い話だった。父も頭ではわかっていても、無意識に母の手術から眼をそむけた。それまで高度成長の波に乗って店の業績を拡大して来た父が、ちょうどオイルショックの不況で大きな挫折に直面していた時期だ。母の足を優先する余裕はなかったのである。痛みで眠れぬ日もしばしばだったが、母は杖をつくことにより、多少なりとも症状の進行を遅らせる以外になかった。さらに、その数年後、父が癌で逝く。母は店を切り盛りせねばならなくなり、手術の機会はさらに遠ざかってしまったのである。

 今回の手術に先立ち、医者は口をそろえて、「良くここまで持ちましたね」と一言った。しかも検査の結果、母の大腿骨の骨頭部は、単に磨滅するのではなく、脇にもう一つ球状の瘤を形成し、そこが新たな骨頭として荷重を支える役目を担っていたのである。恐らく、苦痛を避け、患部への負担を減らすために体が適応したのだろう。さらに骨盤側の臼蓋部も、瘤により大きくなった大腿骨頭をカバーするため、端が庇のようにせり出して、脱臼を防いでいたのである。こんなことがあるのかと医者も驚いていたが、まさにそのように変形した関節に、長い間病気と戦ってきた母の意思を見る思いだった。

 最近の母の病状は、緊急に手術を要するほど差し迫っていたわけではない。ただ、人工関節に換えれば、足の心配をせずに自由に旅行にも行けるようになるだろう。母はそう思ったのだ。73歳になって、母はやっと自分のために手術をしようと決心できたのである。

 E-mail:ebiman@kb3.so-net.ne.jp HP:http://ebiman.fc2web.com/

(東京都 会社社長・理学博士)

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随筆通信 月 2006年3月号/通巻39号

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