「雲雀」  蒲 幾美  (随筆通信 月40より)
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雲雀
蒲 幾美

 友人が田園都市の高層マンションの九階に住んでいる。ドアを開けると、先の尖った黒い靴が三足並んでいてハッと驚いた。「最上階でも外からの刃物を持った侵入者に備えて黒いスーツに黒い靴のこわーいあんちゃんが居るんだゾというおまじないよ」と真面目顔でジョークを言う。部屋に居るだけなら平屋と同じだがベランダに出た途端私は半身がうずつく高度恐怖症。住み慣れると恐怖も免疫性になり、耐震強度偽装事件など人災、天災と半ば天命というが、でも地震と気づくと無意識にドアを開けるそうな。眼下を見なければ丹沢の山並みや晴れた日は富士山も見え丘陵地帯は緑の森も点在する素晴らしい展望である。「ここは雲雀の領域なの、雲雀と唄い俗界を離れた雲上人の暮らしでござる」と屈託ない。

 雲雀は「雀より小さく翼の幅は広く短い。冠羽を持ち体は黄褐色」と野鳥図鑑にあるが、私は雲雀の声は聞いているが姿をまともに見たことがなく雲雀の巣も知らない。空には一条の飛行機雲が見える。ふと私は遠い日のことを思い出した。

 新聞の仕事をしていた若い頃、自衛隊の何かの行事に「自衛隊機に女性が同乗することになったので乗りませんか、但し服装はズボンで、返事はまだあとでよい」と突然の連絡が入った。女性は着物が普通で洋服ならスカートの時代。「高度恐怖症で」と即答しては笑われそうで辞退の理由を考え二、三日過ぎた頃たまたま事故で自衛隊機が墜落、行事は中止との報に思わずああ命拾いしたと、乗る気がなかったのに思ったのだった。戦後乗鞍ヘバス登山ができるようになったが、山は歩いて登るものとかたくなに決め、離郷して五十余歳から山男の家人と北アルプス登山を始めた。

 そして七十歳代、俳句結社から俳句の評を頼まれ、その中に見聞していない海外句にとまどっていると息子が「自分の眼で確かめてきたら?人生観が変わるよ」という。息子夫婦は一年おきに海外へ出かけるので私が返事をしないうちに会社に十日間の休暇をとり家族の食事係。息子の妻は旅行に詳しいので案内役と分担して決行となってしまった。行き先はイタリア、財布は別々。高度恐怖症などいう齢でもなく覚悟を決めた。

 「お母さん、此処が地上と飛行機の境界ですよ」と説明。もう雲雀や北アルプスの高度どころでなくロシヤのツンドラ地帯を眼下に初めての風景を夢中でスケッチしていた。

 雲雀は囀りながら縄張りを宣言しているのだと言う。

 心の安らぎを求めて旅行やお笑いや癒しなどの言葉が世上に流れているが、明るい未来を望むにはどうすればいいと友人に言うと「カバチャンいつから国会議員になったの」と笑い飛ばされた。

(川崎市 郷土史研究家)

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随筆通信 月 2006年4月号/通巻40号

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