「高速バス案」  池部淳子  (随筆通信 月42より)
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いわきファイルC
高速バス案
池部淳子

 梅雨入りしたいわきの山野は日に日に緑の嵩を増している。低い阿武隈山地もぐっと高くなり、近づいて見える。農家の背後の屋敷杜も力強く茂っている。田に植えられた稲は10センチから15センチヘと目に見えて育っている。畑には青紫の花をつけた茄子のための支柱が畝に整然と並んでいて、美しい枝が見える。藁を敷いた畑には南瓜が可愛らしい。身近な緑が季節を感じさせてくれる。都会にはこれがない。

 だが、都会にはまた違った良さがある。時代感、スピード感、流行、文化・芸術の世界など、それらが恋しい時もある。そうした時は東京へでかけて行こうと考えた。ではまず、手始めに『藤田継治展』を見に行こう…と。

 さて、私の住むいわき市勿来町窪田というところから東京へ行く交通手段は三通りある。JR常磐線に乗るか、常磐高速道を自家用車で行くか、または、高速バスに乗って行くかの三通りである。私は運転免許を持たないから、電車に乗るか、高速バスに乗るかのどちらかである。

 土曜日の上京には、割引になる常磐線の週末フリー切符を買っていたが、家から駅までの往復がタクシーなので、これを節約したいと思案。勿来インターの高速バス乗場までは歩けない距離でもないと考えて、時間計りに歩いてみることにした。午後5時頃、歩き易い靴にして家を出た。住宅地を抜けると、くねくねしていた山間の道がいつのまにか直線の道路になっていて、やがて人家が尽きたあたりにかなり広い製材所があり、ずっと後方に木材加工組合の広い敷地と建物があった。ところが、ここまで歩いても人に会わない。人気がない。自動車4、5台にすれ違っただけ。人口の多い都会暮らしが長かった私は不安になった。それに、所々に落ちている空き缶が気になった。15分位歩いてインターにつながる広い道路に出た。そこで驚いたのは歩道のゴミの多さである。車道と歩道の境をなしているツツジの植込みにもゴミが見える。行くほどにジュース、コーヒー、ビールの空き缶、お弁当のパック、新聞、軍手、ビニール袋、紙くず、煙草の吸殼、煙草の箱、そして何と、車に轢かれたのでしょう、歩道の真中に犬の頭部が目をみひらいている。私はすくんでしまった。25分歩いてインター傍の高速バス乗場に着いた頃は心がゴミまみれ、すっかり滅入ってしまった。車に乗っていては歩道のゴミに気づかない。歩いてみてはじめてわかる汚なさ。そのうえバス乗場は欝蒼とした木々に囲まれた窪地にあり、インターから降りた車の人の目には入らず、ただ走り去るだけ。独りでバスを待っていて何か事件が起っても、目撃者も助けもないと確信できる。

 私は帰路、恥ずかしかったり、悲しかったり、憤慨したりしながら、高速バスでの上京案は破棄した。

 さて、この件を書くに当たって、一度だけの経験では無責任と、6月13日午後3時ごろ、もう一度インターの高速バス乗場まで歩いてみた。幾度か雨が降ったこともあったからか、犬の頭部は消えていたが、1〜2メートル置きの左右のゴミは消えていなかった。ただ、バス乗場の周辺は草が刈られ少し見通しがよくなっていて、若い女性二人がバスを待っていた。二人なら大丈夫と、私は引き返した。 桜花満開、いわきも春となった感である。ただ、花冷えという季語が俳句にあるように、花時なのに急に気温が下がって、寒くなる日もある。いわきでは梅雨明けまで、ストーブを止めたり点けたりしてすごす。

(『月』発行人)

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随筆通信 月 2006年6月号/通巻42号

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