「我善坊谷」  杉山康成  (随筆通信 月43より)
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我善坊谷
杉山康成

 先日、友人のSさんとカメラ片手に都心散策に繰り出した。溜池山王駅で待ち合わせ、アークヒルズの辺りで六本木通りを左に分け、総ガラス張りの泉ガーデンの高層ビルをやり過ごすと、左に降りる階段があった。そこを下ると、3−40年前の古い民家が建ち並ぶ不思議な谷間に降り立った。目的地の我善坊谷である。

 ここは、地下鉄六本木1丁目駅から神谷町に向う高台の西側に、入り江のように入り込んだ谷間である。民家の玄関には植え込みが茂り、麻布台という地名からは想像もできない下町的な情緒が漂う。古い土蔵があるかと思えば、門前に享保十六年と彫られた石仏が置かれている家もある。どうやらはるか昔からこの谷間には人が住みつづけてきたようだ。かつて人々が住み着いたときの雰囲気が、今でも感じられるような場所である。

 この日は、あいにくの雨だったが、それにしても人通りがほとんどない。ひっそりと静まり返った家の玄関には、「森ビル管理」「立ち入り禁止」の札が貼られている。どうやらこの一帯のほとんどの民家は、すでに住人が立ち退いているようである。

 六本木周辺は坂が多く、写真を撮るには面白い。谷間から高台に上がれば、思わぬ景色が開け、それを越えて向こう側に下りれば、また全く違う街並みが待っている。平坦な土地に比べ、高台と低地が入り組んだ場所では、住宅にも地形を生かす工夫が凝らされ、町並みにそこに暮らす人々の個性が表れている。

 しかし、近ごろ東京では、こうした町並みの魅力を無視した開発が後を絶たない。15−6年前になるだろうか、麻布十番から現在の六本木トンネルに向かう道沿いに、蔦の這った味のある洋館があった。まだトンネルの開通前で、車の往来のない道路に三脚を立て、洋館を背景に身重の家内と2人で年賀状写真を撮った。その年は暖かく、暮れ近くになっても銀杏の葉が鮮やかな黄色を保っていた。ところが数年後、そこを通って愕然とした。洋館が建っていた一帯の士地は無残に削り取られ、工事用のダンプカーがあわただしく出入りするゲートと化していた。六本木ヒルズの工事が始まったのだ。

 六本木ヒルズは、それまでの丘と谷間が織り成す奥行きのある町並みを根こそぎ切り崩し、そこら一帯を丸裸にしてしまった。代わりに現れたのは、知性も何もない薄っぺらな商業空間だ。その土地の味を生かすという点では、最近の大規模再開発の中でも、「ヒルズ」は最悪のケースではないのか?

 そして今、新たな「ヒルズ」が我善坊谷にも押し寄せようとしている。何百年にも渡って,東京のこの地に暮らしてきた人の知恵は、またもや巨大資本の論理によって一方的に蹂躪されてしまうのであろうか。残念でならない。

 E-mail:ebiman@kb3.so-net.ne.jp HP:http://ebiman.fc2web.com/     (東京都 会社社長・理学博士)

我善坊谷   我善坊谷


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随筆通信 月 2006年7月号/通巻43号

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