「ホネホネルック」  蒲 幾美  (随筆通信 月44より)
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ホネホネルック
蒲 幾美

 毎年同じ季節にある会合のスナップ写真など見比べながらいつも同じ物を着ていたことに気付いた。着たきり雀ではないのだが、好みに合っているのか着易さからか、流行に関係なく着ているのはとしのせいかもしれない。

 ファッションは、肩幅が広く厳めしくなったり、だぶだぶの引きずるような外套だったり、近年は肌にぴったり型。深呼吸できるかしらなど、はたから眺めている。

 戦前派の人間には物の豊富な時代でも「一つ買ったら一つ捨てること」など言われても、とても自分では捨てられず人様の手を借りている。

 時々遊びに来る若い主婦はおしゃれを楽しんでいて、ジーパンにシャツで男性のようだったり時にはブルーの濃淡の上下で爽やかなレディーに変身。気分よく応対していたら彼女が椅子から立ち上がろうとした時、べージュのスパッツの左膝からぬっ!とどくろが顔を出し、あっとどぎもを抜かれた。「どうしたの?」膝、ひざと言っても分からないらしい。どくろが気持悪い「どうして」という。今の若者は珍しいアップリケと受けとめている。「私たちホネホネルックと伸良く遊んだのよ、どくろなんてなんともないよ。今朝彼がどくろのタイツどこへ行ったと探していたけど先にはいて来ちゃった」男女共有、返す言葉が出なかった。二人の会話をキッチンで聞いていた六十台の女性が「ステキよ、ユーモアがあってとっても可愛いい!」と私に代って返答。なるほど見方考え方も違うんだ。改めて一九一九年生まれという時代の差を思った。

 私を気にして膝をマフラーで被っていた。「おみやげよ」と出した一つかみのブルーグレー綾編みのベストの新製品。試着すると伸縮自在身に付けたとは思えないが、暖かさが伝わる。古い人間の食わず嫌いを反省する。

 雪国の仏教どころで生まれ育った私は子供の頃の祖母の寝物語はいつも神仏にかかわることだった。“明日ありと思う心の仇桜夜半に嵐の吹かぬものかは”とご開山さま(親鷲上人)の三十一文字の歌を教えられた。ある夜はうろ覚えだが「おさらいのご文書」のおさらいとは…仏典ではどうなのか知らないが、そのご文書の言葉の一節に無常感のようなものと、万物の命の大切さが未だに残っており、どくろと繋がっているのだと思う。

 動物のレントゲン写真や人間の生体図、交通事故防止の道路標のどくろなど見ているのに人間のどくろだけが怖いのは私だけなのだろう。とにかくどくろがファッションから出てきたのは驚きだった。

 時事にしろファッションにしろテレビで瞬時に世界に伝わる。こうした中で育つ子供たちは、どくろは漫画や人形の世界の友達なのだろうけれど命の大切さだけは守ってほしい。

(川崎市 郷土史研究家)

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随筆通信 月 2006年8月号/通巻44号

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