「和菓子」  池部淳子  (随筆通信 月48より)
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いわきファイルI
和菓子
池部淳子

 時々妙に甘いものが食べたいと感じる時があって、最近甘いものに視線が引かれる。道路からショウウインドーの中のケーキをちらりと見たり、和菓子屋のケースに並ぶのを今日は何かしらと、つい目が行ったりする。

 和洋を問わず菓子屋のケースの中は美しい。この美しさも快い。形も色も作り手の美意識を感じさせる。ことに和菓子はいまでは忘れそうな日本人の美意識をあらためて身近に感じさせる。

 いまはしんみりしてしまった商店街の中ほどに『松屋』という和菓子屋がある。郵便局へ行く道筋なので、透明なガラス戸の奥のケースの和菓子がちらりと見える。その『松屋』のガラス戸に季節季節のお勧めの品を書いた紙が貼られる。私は今年2月からいわきに住んだが、まもなく「桜餅」と張り出された覚えがある。やがて「草餅」「柏餅」「葛餅」。

 初めはこの張り紙にさほど注意を払わなかったが、ある日抹茶用の和菓子を買いに入って、椿の蕾がかすかにほころんでわずかに紅を見せているかのような小さくてかわいい「玉椿」を買ってから、この店はどんなものを作っているのだろうと関心が湧いてきて、張り紙を注意して見るようになった。そして和菓子と季節が切っても切れない関係であることがしみじみとわかった。

 東京の小石川に住んでいた時には、近くに葛餅の『一幸庵』とか、大学最中の『三原堂』という有名な和菓子屋があった。たしかにこれらの和菓子屋も季節に合わせて菓子を作っていた。だが、ビルの立て込んだ街の、ビルの中にある店となると、菓子は季節を象徴して姿形よく、味も舌に溶けるように優しく、名物というよりは名品と感じさせたが、空気には季節感がなかった。

 いわきでは季節と菓子が見事にマッチしている。「柏餅」が並ぶ頃は四方八方みごとな新緑の上、青空に鯉幟が泳ぐ。「紅葉饅頭」は紅葉の始まり。寒椿に先んじては「紅椿」「玉椿」。眼前の自然を見て菓子を作っているのではないかと、驚くほどだ。

 和菓子は茶道に深く関わっているから、季節感が重要なのかもしれない。でも、茶道は最初は道具を味わうものだったらしいから、和菓子の季節感は茶道以前にあったのだろうか。

 和菓子と自然のこの親密さを知ると、和菓子がいとおしくなる。作り手の感性と、美の伝統を守ろうという真摯さを感じる。日本の四季の美しさを生かし、丁寧に作って、見るも美しいお菓子を食べてもらおうという精神に裏打ちされた和菓子であるなら、おのずといとおしくなるというもの。

 自然と人間の両方からの贈り物のような和菓子の美と味を大切にしながら、ゆっくりいただこう。

(『月』発行人)

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随筆通信 月 2006年12月号/通巻48号

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