「全面運休」  池部淳子  (随筆通信 月49より)
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いわきファイルJ
全面運休
池部淳子

 新年おめでとうございます。

 大晦日から元日へ一瞬の時を境に旧年と新年とが区別され、時も人も、まるで生気を取り戻して再生したかのようになる。この新鮮な気持ちが新たな一年を支えていく。

 ある年齢になると同じ一年でもだんだん短くなって、早く過ぎる。これは何故なのか不思議だが、実感である。だからだんだん時がいとおしくなって大切に使いたいと思うが、加齢と共に行動のスピードが落ち、幾つかのことを同時並行的にこなすことはできなくなり、集中力が続かなくてすぐ疲れるなど、思うようにはいかないものである。

 このような状態で、時を大切にして生きるとは具体的にどうすることか、今年はこれを考えさせられた出発であった。年齢も状況も違っている個々人だから、考えも対応も様々だろうが、時は過去にはなく、未来にしかないということに私はやっと気づいた。

 さて、新年早々思いがけない体験をした。

 それは1月7日。会合があって私は東京へでかけた。その日は風が強く、朝の出発時すでに、特急が来ないとか、遅れるとか、情報も各駅さまざまで、やっとのことで上京した。

 さて、会合も済み、歓談も済み、夜8時の特急に乗るべく少々早めに上野駅に着いたところ、何と強風のため常磐線は全面運休、回復の見込みは立たないという。ビルの中での会合だったので、強風の程度がわからない。すっかり収まったものと思って上野駅に着いたので大ショック。冬の夜の更けゆくのを前に暫し呆然。

 だが、気を取り直して、常磐高速バスはどうだろうかと踵をかえして東京駅までもどり、バス乗場に着いてみればこれまた大混雑に長蛇の列。ホテルでも探した方が…と、諦めかけたが、荷物を持ち直して係員に聞いたり切符売場で食い下がったりしてやっとキャンセル待ちの札を手にバスを待つところまで漕ぎつけた。

 ところで、諦めずに行動ができたのにはわけがあった。それは鞄の中に三切れのフランスパンが入っていたからである。このパンは会合のあとレストランで食事をしたとき、注文したパンが食べきれずそっくり残ったもの。同席した女性が気を利かして、私が遠方へ帰るのだからと店に頼んで包んでくれた。

 私はいよいよとなったら、このパンを食べて駅の待合室にでも籠城するぞと、パンのおかげで覚悟ができた。そのため思いのほか冷静に判断ができた。幸運のパンである。

 ついにキャンセル待ちで乗れる番となり、夜の常磐高速道を一路いわきへ。長い一日の終りへ向って走った。

 私は戦争体験はない。特別な天災にも遭わない。事故にも巻き込まれず過ぎた。だから身を守ることには無頓着できた。でも、何が起こるかわからないのだ.三切れのパンの重さが今回は身にしみた

(『月』発行人)

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随筆通信 月 2007年 1月号/通巻49号

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