「むつき」  蒲 幾美  (随筆通信 月50より)
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むつき
蒲 幾美

 赤ん坊と一つ家にしばらく暮らすことになった。何十年ぶりかしら。大人ばかりと大型犬の日常に突然「おぎゃア!!」という泣き声に犬の方がびっくりして吠えまくる。犬には赤ん坊の泣き声は同じ犬族と思ったのか、或いは家中の視線が赤ん坊に向いている嫉妬か。

 予定日より早く安産、母子共健康で一週間で退院した。若夫婦は共に会社勤めでマンション暮らし。産休をとり誰に気がねもなく散歩したり、マタニティースイミングや出産時の呼吸訓練の水中座禅、妊婦仲間と育児勉強や会食をしたり、自由に行動していたという。

 赤ん坊は日々育ってゆく。天候に関係なく洗濯の心配は無用。襁褓むつき(おしめ)は柔らかい紙おむつ、縦16横23センチ(新生児用S)のT字型で排出物はくるんで巻けば接着のポイ捨て。外用薬から育児用品一式が赤ちゃん店舗で揃う。衣類も乾燥までの全自動洗濯機のスイッチを押すだけ。昔の人間にはあまりの簡易な世のしくみをただ呆然と眺めているばかり。

 私の義母は九人の子を産み、二人を九歳で亡くして七人を育てた。女の子ばかりのところへ待望の長男(私の夫)が生まれたが、ゆっくり休養することもなく商家を切り盛りして働いていたのである。母親の動く姿を見て子供たちはそれぞれ下の妹の面倒をみて手助けをしながら密着したきょうだい愛は終生続いた。

 ガスも水道もない時代の子育ては、明け暮れ天候に気を配りながら先ずおしめを洗い天日で乾かすことが母親の責任だった。生乾なまかわきは炬燵こたつやストーブで乾かす。商家の嫁は子育てに専念することなどできなくて、太陽の恵みが一番ありがたかった。  先日同齢の友との通話で、孫がつわりで入院したという。「私らの時代はつわりが重かろうが苦しかろうがつわりで入院など聞いたことが無い。四人も産んで姑に仕え店に出てつわりどころじゃなかった」など。「まだとんでもない附録があるの。入院と聞けば心配でほっとけなくてじいさんを連れて見舞いに行ったのよ」すると病院の受付では答えられません。分かりませんの言葉だけ。患者との関係や身分証明書を示せということなのか。町名とこの病院の何階何号室まで聞いて来たのだからと押し問答の末「つわりで入院したのだからもしかしたら旧姓で申し込んだかも」と言うと、同系の産院センターは離れた場所にあると初めて答えが出て、入退院通用口ではすぐ面会許可が出て、ようやく通ることができたが、昔むかしの関所を思ったという体験談。  赤ん坊と犬が同時に泣き出して家の者は振り回される騒々しい毎日だったが、1ヶ月余りで引き上げると急に静かで寂しくなった。数日後りきんで元気に泣いている写真と腕が痛んで上がらないとメールが届いた。育児の大変さはこれからなのよ、何をへこたれているのと言いたかったが、古い人間の口出しは無用と差し控えた。

(川崎市 郷土史研究家)

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随筆通信 月 2007年 2月号/通巻50号

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