薪能 池部淳子  (随筆通信 月65より)
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薪能
池部淳子

 勿来の関跡に建てられた寝殿造りの建物「吹風殿」の一周年記念に、五月三日、薪能が上演されると、回覧板で知った。

 その場で主催側に電話して、チケットの希望を申し出ると「勿来の関文学歴史館」にあるとのこと。即座に歴史館に電話。間一髪、S席の最後の一枚を手に入れることができた。

 当日の朝は雨であった。雨は午後には止むという予報だったが、そううまくいくかなと、思わせる暗さだった。

 だが、雨は少しずつ小降りになって、昼過ぎに止み、予報にたがわず、午後3時には青空になった。

 開演は6時15分。天候の心配はなくなった。

勿来の関跡は小高い山の頂上である。交通の便はない。行き帰りは自動車である。広い駐車場が二ヶ所用意されていたが、私はまだ勿来に住み慣れていないので状況が推測の域を出ない。全員が自動車で山頂に向って行ったなら整然と処理できるのかしらと疑問をもった。

車の渋滞を予想して早めにでかけたが、演能前に第一部として能や面について能楽師からの解説があったので、それを聴く方々が先に来ていたためか、車は渋滞なく会場に着いた。

能は吹風殿を開け放ち上演される。観衆は池や流れを引き込んだ庭から見る。

主催者の代表挨拶、能楽師から能についての紹介、そして薪の火入れ式。夕焼けが色褪せて次第に暗くなりはじめた。  

演目は金春流山井綱雄師をシテとする「黒塚」。旅の僧が老女に宿を借りるが、その老女が見てはいけないと言った隣の部屋を見てしまう。すると屍が山積み。驚いて逃げ出すと老女は鬼女に変じて追いかけてくるという筋の能である。  

笛の高く鋭い一声。能が始まった。  

 

実はさて始まるという時に、ここそこ、あちらこちら、何と蛙が豪快に鳴き出した。池もあるので、当然といえば当然だが、これには驚いたり、苦笑したり、自然は予想外だ。  

吹風殿は能舞台として少し狭いようだ。それに能舞台には目付け柱と脇柱の二本であるが、吹風殿には柱が四本ある。幅も広く、視界の邪魔になる。また、揚幕の内側で、出を待つ「鏡の間」に相当するのだろうか、客から見えないよう幔幕を下げていたが、何とも下げ方が不様であった。能の美を思うとき、残念な幕の下げ方だった。  

だが、このような不備を補うに足る良さが、この演能にはあった。入場退場時の「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」の明快で爽やかな対応。司会の女性から伝わる誠意。火を絶やさないよう薪をくべ続ける裏方など。  

そして、悪条件にもめげず、美しく且つ勇壮に伸び伸びと演じる若い能楽師達。これまで能など無縁であったこの地に、一夜一丸となった若い精神が花を咲かせた薪能であった。  

 (『月』発行人)

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随筆通信 月 2008年 5月号/通巻65号

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