筍 池部淳子  (随筆通信 月66より)
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池部淳子

 今年も筍を思い切り食べた。私は筍が好きで、節になると筍に目が吸い寄せられる。

 毎日、行商に来るおじさんが、野菜や果物、砂糖、塩、豆腐、納豆、魚の干物、菓子などをはじめ、日用品をライトバンに積んで売りに来る。先ずこのおじさんが筍を持ってきてくれる。

 おじさんといっても私より少々若そうである。母の時代からよく買っていたが、今でも律儀に行商を続けている。毎日正午近く私の家の前に来ると、ぷっぷっとクラクションを鳴らす。それを聞いて私は玄関へ出て行く。「今日は買うものがないの」と言っても、彼はニッコリ笑って「じゃあ、また明日ね」と言って、車を走らせる。決して決して悪い顔をしない。この穏やかな人柄が客を惹きつけているのだろうと思う。

 この行商のおじさんが私の筍好きを覚えていて節になると「筍が出たよ」と言って、運んで来てくれる。湯掻くための糠も一緒に。お陰で私は孟宗竹、真竹、淡竹と、節の短い筍を楽しみながら食べることができる。

 だが、近所の人の話だと「筍は買って食べるものではない」「貰って食べるもの」と言うのである。この付近の人たちは親戚とか、友人・知人の竹林から筍が届くのである。それを当然として、筍を買ったりしない。私のような者にはうらやましい話である。

 筍の季節に入るや否や、私が筍大好きと方々で話したせいで、今年は叔母たちや知合いから、筍ご飯や煮物やてんぷらなど、差し入れが相次いで嬉しかったこと。我ながら驚くほどぱくぱくと筍を食べた。

 五月の俳句会でも会員の一人が筍をおいしく煮てきてくれてご馳走になったが、そこでも私が一番多くいただいた。

 今年は筍を食べ尽くした。また来年を楽しみに待とう。

 さて、筍ではなく、竹の方であるが、我家は三方を竹垣で囲っている。母が京都に行った時、竹垣に魅せられ、ついに職人さんに巡り会って回した竹垣である。それが老朽化した。竹そのものよりも支柱にした木材が朽ちてしまう。

 私がいわきに移った時、かつての職人さんに連絡したところ、何と既に六十歳で急死したとのこと。驚いた。

 竹垣の問題は未解決で残ってしまった。

 だが、天の助けか。何とか組んでみましょうという人が現れて、今年一部を組んでくれた。「これほど大量の材料は一気には手に入らないから」と、何年かに分けて組んでくれるという。私はやっと安心して、竹には縁があるのかなと内心喜んでいる。

(『月』発行人)

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随筆通信 月 2008年 6月号/通巻66号

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