贅沢な人生 池部淳子  (随筆通信 月68より)
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贅沢な人生
池部淳子

七月半ばにエアコンを購入した。いわきは夏は涼しいところだった。旧盆を中心に前後十日位が猛暑になる。その時期は我慢だったが、それ以外はクーラーなしですごせるはずだった。ところが移ってきて驚いた。暑さは去年で懲りた。

取り付け工事に五十歳ぐらいの技士がきて、丁寧に仕事をしてくれた。偶然、彼も東京に十年近く住んでいたという。「いわきは東京よりいいです。自然がきれいだから」と語った。

東京からいわきへ移ろうとした理由の一つとして、前号で夏の酷暑を挙げたが、もう一つの理由として、「豊かさとはどういうものか」を考えたことにも因る。 

テレビは大きくて無骨で、高価なもの。どの家でも買えるというものではなかった時代。電話も商売をしているところだけにあるもので、ご近所は借りたり、呼び出してもらったりしていた時代。 

そんな時代に東京に出て暮らし始めたら、東京はまことに便利な街で、見たこともないものに溢れていた。高度経済成長期には科学を中心に、経済、文化、全てに目まぐるしいほどの変化、進歩で、都会は新鮮で、活気に溢れていた。

生活も充実して感じられ、芸術にも関心が高く、心が豊かさを感じて、希望が持てた。都会は魅力的な所だった。それ以来東京に暮らして平成十八年となった時、都会の魅力というものの効果が薄れてきた。

世界の出来事はどこにいても同時に知ることができる。欲しい物も東京でなければ手に入らないという事もなくなった。

東京は排気ガスによごれ、緑の樹々のない、高層と密集の街、せかせかと働き通して疲れた人々に満ちた、潤いのない街と感じられるようになってしまった。  

人生五十年とはいうものの、平均寿命は八十歳を越す時代、この都会に生きることは贅沢な人生といえるのか。  

そのようなことを考える年齢にもなっていた。若い時代のように時の流れにまかせるのではなく、今後の自分を大事に生きるとはどうすることか、自問した。  

確かにお金さえ出せばどんな贅沢もできる東京である。  

だが、広々とした空、緑の山野、大きな落日、明るい月、輝く星、澄んだ水、爽やかな風、これらはもはや東京にはない。これらは金で買えないもので、人を安らかにするもの。いまでは、都会の贅沢よりも、これらのある所の方が贅沢な暮らしなのではないか。そう考えた。  

夏はエアコンを必要とするいわきになっていた。変化も激しい。だた、それでもまだ緑が多い。夕焼けが美しい。蝉が鳴く。この自然の贅沢に感動する。  

 (『月』発行人)

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随筆通信 月 2008年 8月号/通巻68号

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