老いのつぶやき A縁者のルーツ 蒲 幾美  (随筆通信 月71より)
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老いのつぶやき A縁者のルーツ
蒲 幾美

昔むかし大正の中頃、特高≠ニいうのがあった。思想関係の警察だった。

私の祖母と夫の母と同い年の友達だったので「そこの(お宅の)娘をうちの倅のヨメさんに呉れんかよ」と,仲人は町の信頼の篤い助役に決まり、七十代の姑と私ら三人の暮らしが始まった。軍国日本に戦時色が時代の流れとともに頭をもたげていた。そこへ夫にアカ紙(召集令状)が届いた。姑の介護をしながら昔語りをメモした。古い米屋の兄嫁として、先祖のルーツを姑に代わって書き残さねばならぬと思った。

何とか他町村に散らばっている縁者のアドレスを調べ要旨を書いて各自へ発送した。

返事はいろいろ。完全に無視されたのか、めんどう臭いのか、こちらの思いが届かないのもある。 

きちんと大学教育を受けた都市に住む女性から「調査拝見,嫁に出した娘が離婚した時どう書くのか?」と。私は何のことか,とんと判らなかった。結婚とはいつかはどちらかが死別するが,それがバツ一、生まれた子の養育はなど、そこまで考えたことはない。

しあわせな家庭を誇示するためか,子供らは有名大学卒など詳しく書き送る女性。

「個人のプライバシーへの進入は断る!」と怒ってくる男性。そうした解釈もあるのだと改めて調査にとりくんだことを悔いた。たった葉書一枚の返信で人々の環境や生き方、性格などそのまま伝わってくる。

然し、夫の屋根葺き職人の技に誇りを持っている職人気質の夫を心から尊敬している女性の返信に、私は心から満たされた思いだった。

私はいつも誰かに見張られている思いがした。それは私ではなく夫が監視されていたのである。当時私の知っているのはアカという言葉で、大学のセンセイ(教授)がアカだったと新聞に出ていると父は驚きの声で言った。

毎日のようにふらりと私服の特高が世間話にやってくる。夫は調子を合わせながら、話題を文学論に向けていった。

軍国日本に戦時色は高まってゆく。このままでは一族の縁者の若者の結婚に障害になる。これだけは喰い止めねばと思った。そこへ夫にアカ紙(召集令状)が届いた。

私は地方の日刊紙の通信員の体験に勇気づけられた。特高と対等に向き合えるのは何か、こちらから毎日警察へ取材に出かけた。

署のガラス戸越しに道路から内部が透けて見える。女性が出入りしているのは料亭のおかみで,町の人々は見慣れているが、私は警察の犬(スパイ)と言われていた。

 (川崎市 郷土史研究家)

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随筆通信 月 2008年 11月号/通巻71号

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