老いのつぶやき E三千院の石たたみ 蒲 幾美  (随筆通信 月75より)
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老いのつぶやき E三千院の石たたみ
蒲 幾美

紅葉が美しい。妙ちゃんと八重ちゃんの三人で一泊二日の京の旅。三千院の石段を降りている時ケイタイが鳴る。俳人月女から…。今どこに居ると思う。「えっ!三千院なの。実は協力してもらいたいの。月一回随筆通信というのを出そうと思うの、書いてネ」わかった。

一、二回の随筆を書けばいいんだナと思い了解した。それから「俳句・随筆誌」と発展しつつ,いつの間にか61号満四年が過ぎた。最初の購読者1号は八重ちゃん。つくづく月日の過ぎ行く速さを思う。

今年の正月、61号記念の新年会を我が家で川田プリントの大川さんも招いて開き,楽しいおしゃべりをした。俳句というたった十七文字の文学の縁なのだ。人様に迷惑をかけない趣味で,心の遊びなのだ。

知り合いに九十五歳になっても電車、バスを乗り降りして句会に出かける人がいる。昨年はハワイへ孫の結婚式に一人で出かけたそうな。今年になるとさすが自信もなくなったようで、娘さんが吟行に同行した。すると,中学校の国語の教師を定年まで勤めた実績の持主である娘さんの方が句作りに真剣になった。

大野林火師について奈良から飛鳥へ吟行した時、道路を鶏が横切った。句会の師の句には鶏が軍鶏になっていた。「どこに軍鶏がいたんですか」と同行の友が問うと「君ぃ、鶏が軍鶏に見えたっていいんだよ。俳句は即興偶感なんだ。句会で選に入らなくても、自分の句が一番良いと思うことだ。沢山句作りをして、自分で覚えている句が一番良いのだ」と。飯田龍太も自分がいいと思えば良いと言っている。

それを教えられてから、俳句は上手下手ではない。気楽に人生の神祇釈教恋無常を心の日記として書き綴っていくことなのだと思うようになった。また,誰がどう批判しようと、人様の目にふれたときは手もとから飛んでしまっていると思うことにしている。

林火門下の友人の、とみ子は高野山の某院の院主夫妻と親友付き合いをしていた。誘われて、とみ子と同行し,夜は酒盛りとなった。

「かあちゃんのためならエーンやコーラ…」院主は酔い呑みながら俳句の話は続いた。

記憶は定かでないが天翔けり来て冬牡丹一輪に≠ニいうような節子の句だったと思う。天翔けり来てとは神仏を無視した傲慢じゃ。院主は俳人無患子夫妻に電話で問い合わせた。「そんなに深い意味でなく、飛行機で飛んだということだと思いますよ」とかえってきた。

ある時はぐでんぐでんに酔った院主が「わしは五歳で得度して、この歳になっても迷いがあって人を救うことなどできん、どうすればいいんじゃ」と,とみ子へ電話してきたという。喜びも悲しみも幾歳月、私らの俳句は自分ひとりだけの生きてきたあかしと思う。

 (川崎市 郷土史研究家)

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随筆通信 月 2009年 3月号/通巻75号

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