歩きながら
池部淳子
四月に入った。でも、風がまだ冷たい。いわきの桜の開花は始まったと地方紙に載ったが、近辺の桜はまだ蕾である。風が無く、暖かで、穏やかな日が一日二日あると、桜はきっと一気に開くのだろう。なかなかそんな日がない。
だが、日は伸びた。四時半にでかけていた散歩だが、今では五時半出発である。50 分程歩き、帰宅する頃日が暮れる。
散歩コースの残り三百メートル程の所で、墓地のある高台に出る。私はそこからの眺めが好きである。その丘裾から海までの間に人家が立ち並び、鎮守の森は一塊になって見える。『日本製紙』と『クレハ』の二大工場の大煙突が数本。遠く海辺には火力発電所が見える。山裾町が一望できる。
夕闇が降りる頃、遥かな海上に煌々と漁火が並ぶ。この漁火を眺めたくて、散歩の出発時間を調整している。
定刻の散歩を始めたのは、去年三月、左脚が下肢動脈瘤で手術をすることになった時、ふくらはぎは心臓に血液を送り返す働きで、「第二の心臓」と呼ばれていると知ったからで、健康保持にと決意した。
だが、沖に浮かぶ漁火を見てからは、ただの散歩ではなく、俳句を作るための散歩に切り変えた。50 分歩くうちに必ず句を作ることに決めた。
そうして散歩しながら俳句を考えているうち「歩きながらというのは、さまざまな事を考えられるものだ」と気付いた。
「あの時、ああ言ったのは失敗だった。本当はどう言えばよかったのだ」
「あの人が言いたかった事は何だ」
「あのことを実現するにはどうすればよいのか」
「私が残りの人生ですべきことは何だ」などなど、大小のテーマが浮かびあがってくる。
歩きながら考えるというより、考えるために歩いているみたいになってきた。
健康保持と作句と思索と、同時に果たせるような新コースはないかと、捜しはじめていた二月の末、偶然、天台宗大阿闍梨酒井雄哉氏が語った『一日一生』を読んだ。著者は約七年かけておよそ四万キロを歩く「千日回峰行」の荒行を二回成し遂げた住職で、次のように述べていた。
「人間の自然な姿は歩くことだから、歩くことは人間を振り出しに戻してくれる。なにかを振り返らせてくれるような気がする。原点かもしれない。地べたに自分の足がつくことで、土地とふれあい、大地の力をいただくことができる。何かを置き忘れたような気がしたら、少しずつでいいから、歩いてみるといい。歩くことがきっと何かを教えてくれるよ」
いま、私は歩くことから教えられているのかもしれない。
(『月』発行人)
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