老いのつぶやき Hわたりの労務者 蒲 幾美  (随筆通信 月78より)
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老いのつぶやき Hわたりの労務者
蒲 幾美

眉に入れ墨をした兄ちゃん率いる労務者二十人が人手不足の工事場を探して「手前生まれはどこそこで」と半腰になって義理堅くやくざの挨拶をする。そのグループをまとめているのは新潟生まれの岩元O親分。

その頃私の会社では天生峠の改修工事をやっていた。四月から十一月までの半年は雪国となる土木業は、年末を控えて手がけている砂防工事の部金(完成度の部合によって県から支払われる工事金)を入手しなければならなかった。飛越土建社長の夫は私にいつ部金がはいるか、手形は大丈夫かと、人ごとのように言う。

雪国の土建屋のかみさんの仕事に否応なしに明け暮れ、自分を見失ってゆく歳月に愕然とした。

このまま老いてはならぬ。自分で納得のゆく仕事をしよう。その頃私は地方紙その他から頼まれて随筆を掲載していた。

そんな事からK日刊紙からA日刊紙の通信員として生き甲斐のある仕事に出会うことになった。

土建業のかたわら私は町の官庁や警察の取材をはじめるようになる。

全く違った役人社会の中で役人に徹した人や人間味のある庶民の心のわかる人など、さまざまの勉強をした。

その頃知人から「あんたの文章は役所の通達のようで色気もそっけもない。また、文章を音読すると俳句か短歌のようで歯切れがいい」と、誉められたのか、けなされたのか、批評を受けた。成るほどその通りだと思った。

通信員は自己主張し、発表したことに責任を持ち真実を見きわめねばならないと気づいたのである。

或る年の暮れ、突然、労務者らが郷里へ帰るので賃金の払いを頼むと山をおりてきた。年末にならないと工事金はおりない。それまで待って貰いたい。私は町に鉱泉宿を予約し、正月あければ部金が入るからそれまでわずかの小遣いの足しにしてと、蔵から私の大切に残してきた母の形見の花嫁衣裳を広げた。

それまで無言だったO親分が口を開いた。「分りました。奥さんのお心はようく伝わりました。オイ、みんな宿の方へ行こう」と大声で若者らをうながしてさっと引きあげた。

正月町はずれの祠から賽銭を持ち出したと警察から連絡があった。わたり労務者の妻子に会いたいというやりきれない望郷の念がそうさせたのであろう。

年の暮れや正月になると、あの連中はいまどうしているかと思う。生きていれば五十歳から六十歳台のいいおじいちゃんになっていることだろう。(川崎市 郷土史研究家)

 (川崎市 郷土史研究家)

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随筆通信 月 2009年 6月号/通巻78号

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