運命の音 池部淳子  (随筆通信 月79より)
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運命の音
池部淳子

梅雨に入って樹々が鬱蒼と茂って緑濃く影をおとしている。庭を見ながらそんなことを思っていると、遠く、救急車のサイレンが聞えてきた。ピーポーピーポーと走って行く。ああ、だんだんと遠ざかって行く。病人は遠くの方なのだなあと、消え行く音に聞き入った。

あの音を聞くと、「人生は変る」ということを知った運命の音であったことを思い出す。

脳血栓で意識不明になった母に付き添った私と妹を乗せて救急車が走りだし、ピーポーピーポーの音とともに病院へ向かって大きく角を曲がったとき、人生も方向を変えたのだ。

人生には夢や希望と共にがむしゃらに進んで、欲しいものを手に入れる元気な時期がある。努力すれば必ず報われると信じて、未来が自分の手中にあると確信する時期がある。

たとえ悲運が訪れても、若さの未熟さを知っている大人たちが援助してくれたり、代って解決してくれたりして、無事難局を乗り切った結果に収まることになる。だから、人生は「直線コース」、突っ走ればゴールに到ると信じている時期である。

だが、このコースから大きく逸れることが起こる。人生も半ばを過ぎた頃であろうか。私の場合は父母の介護に始まり、次は自営業の開業、そして次は帰郷。直線コースの人生がジグザグコースに変わったのである。

人生がむしゃらに努力していた時こそ時代には遅れず、能力に磨きがかかり、成果をあげて、自分のほしいもの、求める人生を生きていると思っていた。いま自分は能力を最大に発揮しているのだ思い込んでいた。

だが、やってきた運命によって人生の岐路に立つことがあり、自ら選んで岐路のいずれかを選ぶこともある。

こうして人生がジグザグコースに変わったこの時こそ、自己の真実が問われるときであり、現実の実力を知ることになるのである。

思えば、この人生のジグザグコースこそ私を謙虚にし、私を鍛えた。その後の生き方を考えさせ、本当に必要な物、本当に大切なことを教えた。

 (『月』発行人)

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随筆通信 月 2009年 7月号/通巻79号

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