心にのこる人々 @       蒲 幾美  (随筆通信 月79より)
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心にのこる人々 @      
蒲 幾美

八重ちゃん(64 歳)、平成20 年9月現在、子・孫の血縁7人。

八重ちゃんは娘時代地方都市の大きな美容院に勤務していた。両親には幼児の時に別れ、群馬県多野郡上野村の実家の兄夫婦に育てられた。兄夫婦は八重ちゃんを自分達の子供と同様に分けへだてなく育てた。母親との別れは八重ちゃんの心に今も深く残っている。

私が初めて彼女に会ったのは川崎市文化財ボランティアで、生田団地の庄川村から届いた古い衣類の洗濯や生活物資などの選別、これらの台帳づくりだった。

きりっと長い髪を後に束ね、ぬばたま色とまではいかないが、自然の茶系の髪の色、然し、白髪は一本もない。下ぶくれの十二単衣の王朝美人そっくりのつややかな明るさがあった。私の息子と同い年だったが、年齢差も感じなくて妙に私と気が合い親しくなって半世紀余がすぎている。

それから三年後の坂東とりどしの御開帳で古刹巡りの旅にお大師さまと同行した。

八重ちゃんは持ち前の探究心とすべてに行動的、そのへんも私と通じるものがあった。

そのころ、日本中を驚かした一九八五年八月十二日夜の群馬県藤岡の御巣鷹山の日本航空機墜落事故は死者五二〇人、生存者は四人だった。

このとき、地元藤岡の歯科医師として遭難者の歯型をとり、住所氏名を割り出す作業に活躍した八重ちゃんの従兄は、染みついている死者の匂いをぬぐいとることもできぬまま夜を日についで活躍し、作業を了えたときは体重は数キロ減っていたという。

八重ちゃんが私の夫吉右ェ門と知り合ったのは、八十八ヶ所巡りの旅で、夫が最初に言ったことばは「いい靴はいてるなァ…」と、褒められたという。ハッピーシューズを愛用していたのだった。

我が家の雛節句には五段かざりの内裏雛を飾るのだが、これが八重ちゃんそっくりなので「雛まつりに来て…」と誘う。

八重ちゃんはえんじ色のつむぎに黄色地の花模様の着物でカタカタ春慶の下駄を鳴らしてやってくる。私の行く先々に必ず影武者のごとく八重ちゃんがいて、私の忘却の彼方のこともきちんと答えてくれるありがたい存在である。

いつの年も暮から正月はご主人と旅行先で年を越し初詣をすませ、七日正月ころ着物姿で年賀に来るのを楽しみに待っている。

人びとに愛とやすらぎを注ぎ、旅をたのしむ漂泊の人なのである。

 (川崎市 郷土史研究家)

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随筆通信 月 2009年 7月号/通巻79号

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