リタイア後の特別な日 池部淳子  (随筆通信 月81より)
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リタイア後の特別な日
池部淳子

今日8月28 日は私にとって特別な日。申請しておいたパスポートを、平まで受け取りに行く日だから。

朝食の支度。リタイア以前は理想の朝食を思いつつ、急げ急げと自分を急かせていいかげんで済ませてきた。でも、今は急ぐことはない。少し理想に近づけたい。大きくて軽くて洗い易い皿を買った。皿は三つに区切られている。広いスペースにトースト。少し狭い二つのスペースは野菜、果物、卵料理のいずれか二品で埋める。今朝は牛乳とお気に入りのマンゴー入りジュースをグラス一杯ずつ。とろけるチーズを載せて焼いたトーストに、人参と南瓜のサラダとミニトマト。

12 時15 分に来てくれるよう、タクシーを予約した。

タクシーがきたので「勿来駅西口まで…」と頼む。改札口があるのは反対側の東口だから跨線橋を渡ることになる。だが、私はこの跨線橋を渡りたい。橋の上に立つと、360 度の景色が見える。正面には海、後ろには家並と緑の樹々、遠くに連山、近くには寺、脚下には遥か北を目指す軌道、春には駅のホームに沿う桜並木が美しい。天候によって違う海の色を眺めながらゆっくりと橋を渡るのが私は好きだ。

12 時39 分発の下り電車に乗る。電車は緑の中を走る。今年は梅雨が長かった。梅雨明け宣言がなかった。日照不足だ。稲は残暑が嬉しいだろう。いわき駅(平)着13 時1分。

いわき駅前のファッションビル『ラトブ』を軽く見回って一階の回転寿司O店で昼食。いわきは魚が新鮮で美味しいと触れ回りたいが、なかなか言葉通りの店に当たらない。だが、「山盛り海胆」は二皿食べた。満足して店を出た。

パスポートが必要と感じたのは三年前だった。妹がパリで暮らしたいとフランスへ渡った。もし妹が大事故にでも遭えば、家族としてパリへ行かなくてはならない。

そこで昨年九月、平の合同庁舎までパスポートの申請書を取りに行った。戸籍謄本も準備した。パスポート用の写真を撮るだけ。だが、写真がひどかった。写真写りのあまりの悪さに、申請書提出の意欲が有耶無耶になってしまった。

気を取り直して、今月8月17 日、10 年用の申請書を出した。写真は申請所で写した。五歳位老けて写ったが我慢の範囲内だ。申請書は受理され、十一日後の今日受け取りに行く。

証紙と印紙を添えて受領用の文書を提出。係員が生年月日や電話番号などを聞く簡単なチェック。そして「これが貴女のパスポートです」と頁を開いた。老けた私の写真があったが、パスポートはゲット! ああ、三年がかりだったなあ。

歩いていわき駅までもどり、『ラトブ』二階のテラス風の珈琲館に入ろうしたが、逸れて向かいのお洒落用品店に…。若者向きの店のようだが、気に入って空色のリュックを買った。

青空と遠山と景色を壊すビル群と、行き交う人を眺めながら飲んだ珈琲とチーズケーキはおいしかった。支払の時60 歳以上の客は身分証明証があれば50 円引きますとのこと、私は取得したばかりのパスポートを取り出した。

いわき発16 時6分の上り電車に乗って勿来着16 時31 分。東口からタクシーに乗って帰った。

 (『月』発行人)

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随筆通信 月 2009年 9月号/通巻81号

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