思い出の花 池部淳子  (随筆通信 月85より)
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思い出の花
池部淳子

人それぞれ、因縁の深い花があると思うが、私にも思い出につながる幾つかの花がある。

新年まであと一週間という昨年末の頃、夕方四時半になったので、暗くならないうちにと身支度をして散歩にでかけた。家を出て、足早に歩き、二百メートル程行った所で、私は左側に注目した。ああ、やっぱり咲いていた。

そこは墓地に沿った畑つづき、自動車二台が入る程の空地で、枯草が積っていた。その空地に高さ二メートル余の木が六、七本、一枚の葉もつけずに立っている。

そのうちの一本に数輪と見受けるほど僅かだが、小さく丸く黄色く、そしてあの透明感のある花が咲いている。臘梅の花である。

散歩の足をとめ、道端に立って空地の臘梅を見ていると、私が行こうとしていた方角から、自転車に乗って中年の男性が近づいてきた。その男性は私のところまで来ると自転車をとめ「臘梅を見ているのですか」と声を掛けてきた。

私は「ええ。すてきですね。臘梅がこんなにまとまってあるのは珍しいですね。散歩の途中なんですが、眺めているんです」と答えた。彼は「あげましょうか」と言う。私は「えっ」と驚き、「いいえ、ここで、いつも眺めますから」と答えた。何と彼はこの臘梅の持ち主だったのである。

目の前の臘梅の木は十年経ったものだという。彼から臘梅の種というのを教わった。そして「春先に蒔けば芽を出しますよ」と、数粒いただいた。

かつての平成四年、脳血栓で倒れた母は、後遺症で左半身が麻痺して、行動が不自由になった。そんな日々の中、助けられて車椅子に乗せてもらい、散歩にでかけて外気にふれ、四季折々の自然に接することを母はとても喜んだ。私は車椅子に母を乗せ、それを押して方々を歩き回った。

冬の日、防寒態勢の母を乗せて、いつものように車椅子を押して進んでいると、ある家の塀の内側高く、黄色い珠のような花が枝に見えた。それまで見たことのない花であり、花の少ない冬季に咲き、しかも透き通るようなはなびら。かそけくも凛とした風情に惹かれた。

母は私の些細な変化に気がついて、同じく花を見上げた。「ああ、珍しいね。あれは臘梅というのよ。良い香りのする花なの」と教えてくれた。それが臘梅を知った最初であった。

その後、この話を聞いた友が、時節になると、花をつけた臘梅の枝を宅配便の中に忍ばせてくれた。荷を開いた時の臘梅の香りには感動した。やがて、友は臘梅の木ごと送ってくれた。私は喜んで庭に植えたが、二年経ったいま、まだ花は咲かない。

 (『月』発行人)

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随筆通信 月 2010年 1月号/通巻85号

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