金の生る木 池部淳子  (随筆通信 月86より)
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金の生る木
池部淳子

知人の家を訪ねたとき、廊下に植木鉢がびっしりと並び、一種類の植木が特大から極小まで、皆生き生きと光を受けていた。「これは何の鉢?」と聞いたところ、「金の生る木よ」と言う。私はへえー、と思いながらしげしげと眺めた。すると知人は「一鉢持っていらっしゃいよ」と、薄いピンクの楚々とした花をつけた一鉢を指差した。

実は、私は植物の面倒をみるのがすこぶる下手なのである。東京に住んで、家には観賞用の草花を育てる広さもないし、時間もなかったから、できないと決め込んでいたし、それ故経験もない。いわきに来たからといって急に上達するわけがない。それを知っていたから、このように勧められたとき、それまでは「残念ですが…」と断ってきた。

ところが、この時に限って「金の生る木」という名に心がぐらついたのか、「じゃあ、いただこうかしら」と言葉が出てしまった。

しばらくは水を遣って、見張るようにして大切にしていた。花も無事どんどん増えて、やがて花が萎れたら切ってよいと言うので切りとった。鉢ごと外に出して置けば、自然の雨晴れなりに育つから、それでも良いと聞いたので、庭の大きめな石のそばで日当たりの良さそうな所を選んで鉢を置いた。

外に出た「金の生る木」は、なるほど小さな鉢から溢れるようなようすになってきた。鈍感な私でも、この鉢では小さそうだから、大きな鉢に植え替えた方よさそうだと思うほどになってきた。

植え替える時はどんな土を買えば良いかなど、いつものように元の持ち主に聞いたりもした。

ところが、昨年12 月上旬、俳句の締切りが重なった。自分たちの俳句会は筑波山へ吟行旅行、他に5句締切りが一件、15 句締切りが一件と重なり、俳句の方へ注意が傾いた。

そして12 月半ばの寒い朝、庭に向いたガラス戸のカーテンを開けてびっくり、私は一瞬息を飲んだ。

「金の生る木」が打ちのめされたように無残にくずおれているではないか。霜が降りたのだ。そういえば寒さに弱いと聞いていた。俳句に気を取られて注意を怠ったせいで、こんなひどい目に合わせてしまった。私はひどく心が痛んだ。

屋内に入れ、支柱を当て、日光にあて、光を追いかけて鉢を移動して、身をもたげて欲しいと世話したが、三日経っても、四日経っても再生の気配はない。

  朝霜に「金の生る木」はおちぶれて

直後の句会に、私はたまらずこう詠んだ。すると会員から「私もその経験があります。やはりたった一晩で駄目になりました。もう生きかえりませんよ。返って段々黄色くなって、かわいそうで見ていられなくなりますよ」と教えられた。「そうよ」「そうよ」と会員の中から幾人かの声が上がった。これを聞いて私も諦めた。

出来ないことをやってはいけない。甘い考えは禁物だとしみじみ考えさせられた「金の生る木」であった。

 (『月』発行人)

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随筆通信 月 2010年 2月号/通巻86号

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