「竹垣」  池部淳子  (随筆通信 月40より)
月39 彼岸(蒲 幾美) 月40 中学の頃(杉山康成) メニュー
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いわきファイルA
竹垣
池部淳子

 家の一方は隣との空きが少ないのでブロック塀であるが、残る三方は竹垣である。この竹垣が古くなっていて、誰もが「たいへんですねえ。今はみんなこういうのですから」と言っては周辺の金属製の塀を指さす。当然新しくするだろうと勝手に決めて話をする。

 実は、この竹垣には経緯があって、特別な竹垣である。

 かつて母は、京都に住んでいた娘(私の妹)を訪ねた時、京都の竹垣に魅了された。それ以来自分の家にも竹垣を回したいという希望をもっていた。

 後年、一人の竹垣を結える庭職人に巡り会った。母は極々ささやかだが石を配し、樹を植えて日本庭園らしき庭を作り、三方に竹垣を廻らし、晩年庭を楽しみながら華道を教えた。

 母が脳血栓で倒れた時、丁度竹垣の一方を結い直そうとしていたらしく、退院したら新しい竹垣が見られるようにと、その職人は母の入院中もせっせと竹垣を結った。出来上がった時は写真に写して病院に届けた。

 退院して母が我が家に帰り着いた時、最初に目に入ったのは青く新しい竹垣だった。

 平成9年3月母が亡くなり、12年2月父が亡くなった。酒が好きで職人気質だった竹垣職人も60歳台で近年他界したという。

 私は母が亡くなった後東京へもどり、庭と竹垣は放置された。そして今、古びた竹垣が目の前にある。

 歯が抜けるように竹片が抜け落ち、所々の支柱も痛んで、垣そのものが傾いている。よくよく見ると竹はまだ十分に丈夫であるが、一緒に使用した木材の方が朽ちている。竹を支えきれなかったのだ。いかにも立っているのが精一杯で、いつ倒れるかわからないといった風情の竹垣になってしまった。だが、実のところ、竹がまだ丈夫と知って、修復して一年でも二年でも長持ちさせることは出来ないものだろうかと、私は考えている。

 風雪に耐えながら物は古びて行く。人は老いてゆく。確かに古い物は新しいものに換えたほうが良いという考え方もある。しかし、古いものには表情がある。人も、丹精込めて作られた物も、歳月によってもたらされた固有の表情を持つことができる。だから、表情を持った人も物も、所有時間を十分に尽くさせてやりたい。次第次第に朽ちて行く時間と表情を見せ尽くしてから役割を完了させてやりたい。

 竹の命をかけて作ったこの竹垣は今が終りかと、私は自分自身に問うている。

(『月』発行人)

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随筆通信 月 2006年4月号/通巻40号

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