「方言電話」  蒲 幾美  (随筆通信 月41より)
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方言電話
蒲 幾美

 友人から音沙汰がない。何度施設へ電話しても通じないので自宅の方へかけると元気でいると家族が言う。しばらくして「ごめん!センターに住むとこちらまで年寄りに染まり若い気力がどこかに失せてしまって」という。「先日てきない・・・・と聞いていたから心配していたけど元気で良かった」と安堵した。「ありがとう。てきない・・・・時は常備薬を飲むと心も落着く。この齢になるまで自分の体は自己管理してきたから長生きしているのよ。体のあちこち故障しているけど何十年使ってきたのだから病気でなく老化と思えば当たり前」と爽やかだ。

 てきない・・・・とは飛騨の方言で息苦しいことをいう。奥飛騨の民謡に、
       いとし殿さは今日高山へ
       足がだるかろてきなかろ…。
がある。息苦しいとてきないはどう繋がるのか、古語辞典にあった。てきないの一説に「好戦の謙信が冬戦うこと能わざるを苦しみ発した嘆息による」とあり、越後、信州、飛騨にてきないの方言がある語源はこの説あたりかも知れぬ。

 話題を変えて「今年の豪雪どうしてるの」と聞くと、「そうえナ、白一色の世界の中で屋根から下がっているかねこおり・・・・・(つらら)を眺めている毎日だけど、どうしてかねこおりと言うのかしら?もう方言も通じなくなって、それが老人にまでも」と嘆く。老人に通じないのは認知症かもと。

 会話の中で「都会で手に入らないもので食べたい物があったら送るから」と言う。「ではお一言葉に甘えまして煮たくもじ・・・・・」と速答したら、ハッハッハッと笑い出し「煮たくもじだけは匂うからセンターでは作れなくて」百も承知。思わず口に出たので。

 飛騨には古い京文化が入っており、くもじ、そもじ、ゆもじ等の文字言葉が方言と絢い交ぜになって残っている。「煮たくもじ・・・・・」は蕪菜かぶらなを長いまま強めの塩漬けにして野菜の少ない季節に塩出しして食べ易く切り、煮千し、油、醤油などで煮しめる雪国の保存食だが、現在、京都のお惣菜の沢庵を塩出しして煮る「賛沢煮」と同類である。

 友人の疑問のかねこおり・・・・・は方言辞典には「金氷」となっている。金は金属の総称、黄金、砂金、鉄などをいうが、つららが金の色彩とはそぐわない。古語辞典に「江戸時代上方では銀が貨幣だったので貨幣の意のかねは主として「銀」の字を用いた」とあり、ああそうなのだ、と合点した。

 氷は金色でなく銀色なのだ。水滴が凍って固く冷たく垂れ下った銀光の棒のようなつららを、抑揚をつけない音程でかねこおりと発音する。探し物を見つけたような独りよがりの喜びを彼女に伝えよう。

 方言は書物や文字では理解しにくい。その土地の風土の中で人びとの心が響き合い、視る、聴く、肌で覚えることによってほんものの方言が生れるのだと思う。

(川崎市 郷土史研究家)

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随筆通信 月 2006年5月号/通巻41号

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