青 田 池部淳子  (随筆通信 月91より)
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青 田
池部淳子

今は梅雨の真ん真ん中というところである。空が下がってきたように雲が垂れ籠めて、灰色の雲がいつも頭上にある。時折日が射しても、空の一部分が明るくなるだけで、周囲に黒雲が待機しているのが見える。

今年はゲリラ豪雨と呼ばれる一気に大雨の降るスコールのような集中豪雨に被害が出ている地域もある。

東京が亜熱帯化していると言われて久しい。電車の一駅違いで、こちらの駅では大豪雨、一駅行った隣の駅は何と青空という経験を何度もした。このゲリラ豪雨の降り方というのはすさまじい。恐怖を感じるほどで、雷など鳴ろうものなら爆発的である。東京でゲリラ豪雨を体験した時は、気象は変化しているとはっきりと感じた。

いわきに移り住んで四年目になるが、いわきではまだ、その経験はない。梅雨は梅雨らしくじっくりと過ぎている。

今日は午後、梅雨の晴間をねらって、自転車で15 分ほどのスーパーマーケットへ買物にでかけた。湿気は多かったが、空の半分くらい晴れていた。遠くの連山は雲に隠れている。梅雨が明ければ、あの遠くの連山がくっきりと姿を表わすのだ。見慣れた山が現れるのだ。

自転車に乗って稲苗が伸びて青々となった田に沿って行く。梅雨の晴間の光を受けて、びっしりと敷き詰めたような稲の青さは何とも美しく輝く青さである。雲に隠れた山の山裾まで青田が見通せる。この青田の色を見るたびに私は自然の色に感動してしまう。命の色に見惚れてしまう

たっぷりと水分を吸って稲は伸びていくのだろう。この稲の成長のために梅雨は必要なのだろう。そう思いながら惚れ惚れと輝く青田を眺める。梅雨が明けて青空のもと、青田を風が渡ってくる。その風の爽やかさ。青天の下で風に波打つ青田を見るのも遠からずである。

句会を開くために私は月に一度水戸へ出て行く。常磐線の上り列車に乗って水戸に近づくと、水戸の町を取り囲むようなかたちで広大な青田が見えてくる。みごとな穀倉地帯を思わせる風景に、水戸藩三十五万石の威力だなと感じ入る。人間の生きてゆく営みの凄さ、自然の生命力の凄さ、この広大な青田には両方が見える。

自然の旺盛な生命力を眺めながら、雨の日々の静かな時をすごして梅雨明けを待とう。

  梅雨清浄葉をひろげゐる樹々の上に   節子

この句を詠んだ野澤節子師は私の俳句の師である。「梅雨清浄」と詠めたのは作者の精神の清浄さによるものと思う。

 (『月』発行人)

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随筆通信 月 2010年 7月号/通巻91号

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