「大空」  池部淳子  (随筆通信 月39より)
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いわきファイル@

 四十余年ぶりに帰郷し、二月からいわきの住人になりました。東京では,こいしかわだより』として、日常の在り様を書きましたが、いわきでもエッセイを続けようと思います。
 実は帰郷するに当たって急遽パソコンを習ったのです。それで知りました。パソコンにはファイルするという機能があって、同質の情報を一ファイルに収納します。そのファイルを呼び出しては開け閉めして、中の情報を出し入れします。
 そこで私はファイルを一つ作ることにしました。私がいわきで書くエッセイを収納するファイルです。ファイル名は『いわきファイル』。ファイルを開けるといわきが見えるというものにしたいと思っています。

大空

池部淳子

 いわきに帰って東京と歴然と違うものは何かと自分に問いかけて周りを見回してみた。この疑問が湧いたのはちょうど散歩かたがた遠くへ買い物に出掛けた帰り道を歩いていた時だったので、立ち止まって周囲を眺めてみた。そこではっと気がついたのは何と空が広いことだった。東京は建築物が高く、立て込んでいる。そのため人が見上げても空は狭い。空は顔をちょっと上げた視界の中で十分。首を回して空を眺めるなどという広さはない。だが、いわきの空は広かった。上を向いてどちらを見ても視界に余る。ぐるっと首を回して眺める広い広い空だった。この広い空の下にいると、自ずと胸を張って深呼吸がしたくなる。これは東京ではなかった経験である。もしかしたら、東京では浅い呼吸で、せかせかと汚れた空気を吸っていたのかもしれない。足早にせかせかと歩くのは、見上げても空は狭く、視界も狭いため、前を見るしかなく、前へ前へと行進しているのかもしれない。環境が人間の日常を知らずのうちに左右しているのだと、空を見て気がついた。

 その次に気づいたことは山が見えることだった。東京には山がない。都心に住んでいた私の環境では日頃山を見ることはなった。だが、いわきでは山が見える。いわきの山は峻厳ではない。西の方角になだらかな山が三重四重と重なって見える。その時も私は山へ向かって上り坂を歩いていた。やがて高台に来たとき何気なく上って来た方を振り返ると、東の方はるかにわずかだが水平線が見えた。早春の海だ。そう、海が見えることも東京にはなかった。

 こうしてみると、東京と全く違う点は、空が広く、いつも山が見え、高い所からは海が見えるという環境だとわかった。これはすばらしい環境である。これは幸運である。この幸運を大事にしたい。

(『月』発行人)

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随筆通信 月 2006年3月号/通巻39号

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