「梅の花」  池部淳子  (随筆通信 月50より)
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いわきファイルK
梅の花
池部淳子

 二月半ばといえば、いわきでは冷たい風に身を縮め、空気に触れている顔は鼻の先まで寒さを感じるというのが、私の記憶であった。

 だが、今年は特別なのか、あるいはこれが地球温暖化の現象としての二月のいわきなのか、どちらにしても思いがけず温かい日がすぎてゆ<。しかし、気持ちのどこかで「このまま過ぎるはずはない。いまに、とんでもない寒さがいきなりやってくるんじゃないか」と身構えているので、温かい温かいと言いながら、体は強張っているというアンバランスな状態で、落ち着かない。

 でも、梅の花が咲き始めたのを見ると、この温かさのなりに三月、四月と迎えていくのではないかと思えてくる。

 三千本の梅園という企画のすばらしさ、雄大な発想に、藩主徳川斉昭に思いを馳せてしまう水戸の偕楽園だが、花は去年より一ヵ月早く開花したという。

 私の住まいの周辺も梅がちらほらと咲き出した。

 郵便物を投函するため家を出て行くと、畑の縁にある3本の大きな梅の木が「あっ、咲き出した」と感じさせた。ポストまで200メートルちょっとというところの道々、こちらの家の梅の木、あちらの家の梅の木、土手に育った梅の木と、咲き始めた花の白さを見ることができる。

 もうしばらくすると、三分咲き、五分咲きとしだいにひらき、いわきは白い梅の花の里になる。阿武隈山地の山裾が海に尽きるまでの、格別の特徴があるわけでもない里だが、梅の花が咲いたときのいわきが私は好きである。

 幸田露伴は梅の花についてこう書いた。
     梅は野にありても山にありても、小川のほとりにありても荒磯の隈にありても、
    たゞにおのれの花の美しく香の清きのみならず、あたりのさまをさへ床しきかたに見さするものなり。
    崩れたる土塀、歪みたる衡門、あるは掌のくぼほどの清畠、形ばかりなる小社などの、
    常に眼にいぶせく心にあかぬものも、それ近くにこの花一ト木ニタ木咲き出づるあれば、
    をかしきものとぞ眺めらるゝ。たとへば徳高く心清き人の、如何なるところにありても、
    其居るところの俗には移されずして、其居るところの俗を易ふるがごとし。
                                       (『日本の名随筆・花』作品社)

 梅の花はそれ自体が美しく香り高いだけでなく、周囲にも上品な風情をもたらすということには、なるほどと思う。

 つまり、いわきも美しい里になる。

(『月』発行人)

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随筆通信 月 2007年 2月号/通巻50号

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