老いのつぶやき @米寿の同窓会 蒲 幾美  (随筆通信 月69より)
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老いのつぶやき @米寿の同窓会
蒲 幾美

山国の町の小学校。男女共学40人2教室の同級生、八十歳で毎年の同窓会を解散した。

毎年幹事になって会を支えてきた三郎ちゃんは今はいない。私は生き抜いて米寿を迎えた同級生の会談の刻をつくりたいと思った。

他町村に散らばっているクラスの友だちのアドレスを探し旧正月に集まろうと、"寿成人式"の通知を出した。女性5人、男性2人。

私を含めてみんな半呆けだった。動作もにぶくなり、耳も遠くなっていた。

上着のボタン一つかけ違えたまま、話もずれているが、都合の悪いときはえて(勝手)つんぼになったり早耳だったり、食べる意欲はみごとである。出されたものを残しては勿体ない精神は、大正昭和平成と露江橋やノモンハン事変、太平洋戦争などなど、時代の流れに沿って生きてきた強い女性ばかりである。

バァさん達は小学校の昔にタイムスリップしてしゃべり、食べ、盃を交わした。

A たかバァさん「私は夜の九時までは居間を離れない。じいちゃん(夫)と結婚して貧乏暮らしの中で三人の子を育て、いつも水害で難儀していたので、裏山の中腹を開墾して、家を建てた。七十歳になっていた。三人の子供も成人して長女が婿をとり、孫も家から会社勤め。私は誰に気兼ねもなく自分の余生をでんと居間に座を占めてテレビを見ているという。おとなしく目立たない女性だったが、古川やんちゃの血が流れていた。

B 三枝バァさんは酔いがまわるにつれ饒舌になった。「若い頃はよかったなァ…」と初恋を語り出すと、他のバァさんたちの目は輝き身を乗り出す。当然愛のあかしが宿った。私はBの両親とも親しくつき合っていたので、どうか助けてくださいと頼まれた。私は何をどうしてよいかわからぬので、友人の看護婦・助産婦に相談した。医学的にみて今なら法にふれぬ限界という。当時堕胎罪が成立していた。Bの両親は医療費に夏の養蚕の繭代をあててくださいと持参した。

Bは優しい女性だったのでぜひにと求婚され結婚。七十代の姑に仕え三人の子にも恵まれしあわせな暮らしが続いた。

姑の七回忌の法事をすますと、彼女は、いま社交ダンスとヨン様に凝っていますという。

大きな家に独り暮らしはさびしかろというと、隣家に息子と離婚した嫁と仲良く行き来していますからと。四十代で離婚した息子は、Bに相談もなく、じぃちゃんの退職金全部を持って、好きになったキャバクラの女性と、女性の喫茶店経営に協力し都市で生涯共に暮らすと、妻子親の元を離れた。何故突然社交ダンスとヨン様に夢中になったか驚いたが、はじめて理由を知った。「それから私は、自分の余生は自分だけの楽しみに生きることにしました」という。

三枝バァさんはいま、元気でいる幸せを感謝のさとりの中でじぃちゃんに合掌している。

 (川崎市 郷土史研究家)

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随筆通信 月 2008年 10月号/通巻70号

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